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介護日記、その後

覚悟はとっくの前から出来ていたつもりであるものの、現実は、何となく気力が落ち、うつ的な気分になる。
妻と病気に対峙してきたものが、これからは、この病気に関連した新たな目標に向かって
歩もうと「介護日記、その後」をはじめることにした次第であります。

2009年

7月分


7月12日(日)
難病団体連合会の総会があった。今世間を騒がしている障害団体を偽装して、郵便料金を詐取した事件、および厚労省幹部による障害団体認定に伴う公印文書偽造事件に関連し、県から低料第3種郵便に関する証明書が新たに発行されたが、厳しい審査が今後必要になるとの報告があった。善意の難病関連団体はじめ障害者団体はとんだとばっちりを食ったことになったわけだ。
来期の役員人について、定款に定める理事選挙後の互選による役員の決定という制度を破棄して、新たに役員選考委員会なる組織を設置する、問題提起がなされた。現体制に多くの問題がありそうである。

7月17日(金)
京都祇園祭に行ってきた。
16日宵山祭、17日山鉾巡行とも素晴らしいお祭りであった。
祇園祭については、別項にて作文したい。

7月22日(水)
今世紀日本で観測できる最後の皆既日食の天体ショウが大フィーバーのもと繰り広げられた。繰り広げるとは人為的な営為のようであるが、皆既日食のはまる地域から生中継でNHKをはじめテレビ各局は午前9時半ごろから12時ころまで、各局競い合って盛り上げていた。小学校の理科を復習したり、ダイアモンドリングとは何だとか、日食の知識がないことを自慢げに披瀝して、お笑いに種にして盛り上げる下品なタレントによって、世紀のビッグイベントが終わった。
残念ながら、沖縄各地は雨ないしは曇りに祟られ観測できなかったようだ、傑作なのは2万にとも言われる日本人が上海に見物に行って雨に祟られたと、密着報道されたことであろう。

1999年8月11日、ヨーロッパで皆既日食があった。学生時代の友人たち8家族でオーストリアにいた。この日、我々はオーストリア最高峰であるグロースグロックナー山とパルテッツェ氷河を見るためにグロースグロックナー山岳道路を飛ばしていた。朝から小雨もようであったが、お昼ごろ雲の切れ間から三日月に欠けた太陽を垣間見ることが出来た。全員大歓声を上げて、バスから下車して、口をあんぐりとあけて見入ったことを思い出す。
26年後に再び皆既日食が見られるそうだが、1999年の日食をいつまでも思い出すことだろう。

 

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