アンネのバラ
「アンネのバラ」とは
「オランダ、アムステルダムにあるアンネ・フランク(アンネの日記の作者、ナチスの強制収容所で15歳の短い命を奪われた=大修注)の隠れ家の庭から持ち帰った種子をもとに作出者が改良し、アンネの父、オットーに捧げたことで知られる(NHKバラ大百科より)」
咲き始めは赤く、だんだん黄色になり、終わりのころにはピンク色になり、純真可憐な花で、アンネ・フランクの声を聞くようです。
*アンネのバラが日本にくるまで*
1971年クリスチャンの合唱団が海外演奏旅行中、偶然にオットー氏と出会ったことから、「アンネの理想と理念に深い理解を寄せてくださるあなたへ」との手紙を添えて10本の苗木が京都の教会に届けられました。そのうち一本が根付き1973年にはじめて開花し、その後、アンネの理想と理念、平和を願う人々によって全国に広められています。
合唱団の一員でもあり、現在ホロコースト記念館(1995年開館)の館長大塚信氏は、全国の中学生へアンネのバラを届けたいと、「芽接ぎ」の行事など熱心に取り組んでおられます。
「ホロコースト記念館」へリンク
アンネのバラを大山小学校へ寄贈
地元の子供たちに、「アンネのバラ」を紹介しようと考えていたところ、大山小学校の校長先生が快く私の申し出を受け止めてくださり、「ホロコースト記念館」から寄贈された「アンネのバラ」を本日、譲ることにしました。
バラの受け取りに出てくれた5年生の一同は、「アンネの日記をみんなで学びました。アンネの父・オットーさんが育てたバラであることも知りました。送られたこのバラを大事にして、平和のことをもっと勉強していきます。」と代表が心温まるお礼を述べてくれました。来年には「ホロコースト記念館」に行く計画も検討されているそうです。
大山小学校は、鳥取県で初めての「アンネのバラ」を育てる小学校となりました。「ホロコースト記念館」へ見学に訪れることができたら、もっと「アンネ・フランク」のことが好きになり、アンネのメッセージを広げてくれることになると信じます。そして、その一歩が、鳥取県内の多くの子供たちに、「アンネのバラ」を伝えてくれることに繋がると信じます。
2006年11月15日 大修











