2004年10月の出来事
最終更新日: 10/20・21付
●10月21日 鳥取発 倉吉で難燃防火処理剤塗布の実験
昨年5月に火災があった倉吉市東仲町の伝統的建造物群保存地区(通称・白壁土蔵群)で全国住宅火災防止協会が難燃防火処理を実物に施すとともに、小屋を使って公開延焼実験をしました。この処理は液剤を塗布し、木材の表面を炭化させて類焼を防ぐもので、同地区でしょうゆ製造をしている桑田醸造所などに処理が施されました。
醸造所のほか、研屋町公園のあずまやと案内板にも処理をしました。作業員が無色透明の液剤を建物の木部に塗りました。一度塗れば半永久的に効果があるといいます。
同公園で行われた実験には高さ約1メートルの木製の小屋を使い、処理済みと未処理の小屋に火種を入れ、延焼の速さを比較しました。未処理だと数分で天井まで火が回りましたが、処理した小屋は内壁を焦がす程度でした。【毎日新聞 10/22】
●10月20日 京都発 京町家再生賃貸住宅制度を創設
京都市は、町家を賃貸住宅に改修する際の費用の一部を補助する「京町家再生賃貸住宅制度」を全国で初めて創設します。屋内整備やバリアフリー化などにかかる費用の3分の2を上限に補助金を支出し、減少が著しい町家の保全と再生を目指します。適用対象には酒蔵、織物工場も含まれており、良好な町並みや景観の維持も図ります。
市の1998年度調査では、都心部に残る町家は約2万8千軒。建物の老朽化や後継者難、空き家化などで取り壊され、現在は、推計で約2万5千軒に減ったとみられています。
適用対象は、建築基準法が施行された50年までに市内で建築された町家などの木造住宅。所有者が、建築物を中堅所得者または高齢者向けの賃貸住宅として改修する際にかかる費用の3分の2を限度に補助します。防火や耐震対策、家賃などの基準もあります。本年度の事業費は2000万円。
市は改修後の再生イメージとして、通り庭がある大規模な町家を複数戸に分割したり、面積の小さな複数の町家を合わせて1戸あたりの床面積を増やす例を挙げています。酒蔵や織物工場などを賃貸住宅に転用することも期待しています。【京都新聞 10/20】
●10月16日 愛媛発 国際町並みサミット開かれる
「歴史的町並みの持続的保存と観光交流に向けた活用について」をテーマとする「国際町並みサミットin愛媛」が内子町、西予市、大洲市の3会場で開かれました。
ユネスコの諮問機関で、世界遺産などの調査・評価を行っているNGO「イコモス(国際記念遺跡会議)」の民家建築委員会が、各国持ち回りで開催しています。
和ろうそくの里として知られ、古い町並みを残す内子町の内子自治センターであったサミットには、海外や日本のイコモス関係者、行政関係者約50人が参加。歴史的町並み保存や活性化などについてのそれぞれ取り組みを紹介して意見交換しました。
「商店街と観光」と題して事例報告した内子町商工会青年部の大西啓介常任委員は「観光客は商店街を歩くが、お金は落ちず、商店街としてジレンマがある」と課題を提起しました。メキシコ人女性は「住民がより良い生活が出来なくてはいけない。住民がメリットを受けるような建物の改修が必要だ」と意見を述べました。また、日本イコモス国内委員会の前野まさる委員長は「町並み保存地域は良いが、それ以外の地域は見捨てられている。お互いが助け合うことが必要」と訴えました。【毎日新聞 10/16】
●10月15日 東京発 10月度の重要文化財・重伝建地区
文化審議会は大分県日田市の豆田町伝統的建造物群保存地区など二地区を重要伝統的建造物群保存地区に選定するよう文部科学相に求めました。また奈良県桜井市の長谷寺本堂を国宝に、青森県金木町の太宰治生家として知られる旧津島家住宅や山口県小野田市の旧小野田セメント竪窯(たてがま)など12件を重要文化財に指定するよう答申しました。
日田市豆田町で重要伝統的建造物群保存地区に選定されるのは東西約360メートル、南北約470メートルの約10.7ヘクタール。1593年築城の日隈城と1601年の丸山城の間につくられた町人地が発展して形成されました。
江戸、明治期に建てられた商家や土蔵、洋館などが変化に富んだ町並みをつくり、江戸前期に建設された水路も残ります。近年、多数の観光客を集めています。今回は兵庫県篠山市の保存地区とともに選定されます。
重文に指定される小説家太宰治の生家は、津軽地方の伝統的町屋の形式を踏襲した大規模な近代住宅。現在は太宰治記念館「斜陽館」として公開されています。
九州・山口で重文に指定されるのは、旧小野田セメント竪窯のほか▽山口県岩国市の吉香(きっこう)神社本殿など▽宮崎県都農町の赤木家住宅など―の3件。
旧小野田セメント竪窯はレンガ構造で高さ約18メートル。1883年に建設されました。国内のセメント焼成用竪窯としては唯一、完全な形で残ります。吉香神社は1728年の建築。軒周りや拝殿の屋根などが独特な形式で、充実した細部のつくりも評価されました。赤木家住宅は、1844年に完成した主屋を中心に江戸末期の蔵や納屋が残ります。本陣としても利用されました。
国宝に指定される長谷寺本堂は、江戸時代を代表する寺院本堂。現在の本堂は1650年に完成しました。
文化審議会の答申内容は次の通り。
【国宝(建造物)】長谷寺本堂(奈良県桜井市)
【重要文化財(建造物)新指定の部】旧津島家住宅主屋ほか五棟、宅地(青森県金木町)▽旧朝倉家住宅主屋ほか一棟、宅地(東京都渋谷区)▽旧松坂御城番長屋二棟、宅地(三重県松阪市)▽百済寺本堂(滋賀県愛東町)▽京都府庁旧本館(京都市)▽梅小路機関車庫(同)▽吉香神社本殿ほか二棟、鳥居一基(山口県岩国市)▽旧小野田セメント製造株式会社竪窯(同県小野田市)▽赤木家住宅主屋ほか二棟、宅地(宮崎県都農町)
【同追加指定の部】遺愛学院(旧遺愛女学校)本館、建設関係文書四点(北海道函館市)▽高橋家住宅米蔵・みそ蔵ほか一棟、建設関係文書五点(青森県黒石市)▽長谷寺棟札一枚、平瓦一枚、建設関係資料三点(奈良県桜井市)
【重要伝統的建造物群保存地区】篠山市篠山地区(兵庫県篠山市)▽日田市豆田町地区(大分県日田市)【西日本新聞 10/16】
重伝建地区の詳細と主な重文民家の詳細は下記の通りです。また、文化庁発表の詳細は、重文・重伝建に掲載しています。
篠山
篠山城跡を中心に武家屋敷や町人地の町割など近世の城下町の基本的な構造が残っているとして、篠山市東新町、西新町、南新町、北新町、河原町、小川町と立町の各一部の「篠山市篠山伝統的建造物群保存地区」を、新たに重要伝統的建造物群保存地区に選定するよう、文科相に答申しました。
範囲は篠山城跡を中心に、城の西側、南側の旧武家地と京口橋から黒岡川までの山陰道沿いの商家町で、最大幅で東西約1500メートル、南北約600メートル、面積は約40.2ヘクタールとなります。
城跡の西、南側には武家地が広がり、江戸時代に建てられた茅葺民家などが並びます。東南方向は商家町で、2階建てで三角形の屋根を通り側に見せる切妻造妻入を基本とした住宅の構造が特徴的。近世から近代に建てられた武家屋敷、町家や寺院など城下町の要素を全体として残しています。【毎日新聞 10/16】
日田
日田市豆田町を、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定するよう文部科学相に答申し、地元関係者からは「町並みを大切にする住民の気持ちが、国に伝わった」と喜びの声が上がりました。
県教委によると、同保存地区の選定は県内初。選定されるのは同市豆田町、北豆田、南豆田にまたがる約10.7ヘクタール。江戸時代の1639年(寛永16年)に日田が幕府の直轄地・天領となって、九州における政治、経済の中心地となりました。
現在も、近世の整然とした町割りや、江戸時代に建設された水路、建造物のほか、明治から昭和にかけての土蔵、商家、洋館など異なった時代の建物も残っています。
廃れていく古い町並みを残そうと1983年、住民、商工・観光業者らが豆田地区町並み保存推進協議会を発足させました。90年に大分自動車道・日田インターチェンジの開設で地区への観光客が急増、年間50万人が訪れるようになりました。
大石市長は「積み上げてきた活動が高い評価を頂いた。本物が残る町並みによる『まちづくり』を進めたい」と語りました。同協議会の会長は「地区外の史跡とも遊歩道で結ぶなどの展開を」と大石市長に要望しました。
豆田地区で喫茶店経営もしている日田観光協会長は「町並みに文化財としての価値が付き、歴史のある町としてさらに重みが増す」と喜びました。【読売新聞 10/16】
青森県
金木町金木の旧津島家住宅を重要文化財(建造物)に指定するよう文科相に答申しました。すでに母屋が重文に指定されている黒石市中町の高橋家住宅の米蔵・みそ蔵、文庫蔵も追加指定されます。
旧津島家住宅は津軽地方有数の大地主だった津島家の本邸で、県議だった六代目の源右衛門が邸宅として建てました。母屋は1907年(明治40年)6月に上棟。
同住宅の母屋、文庫蔵、中の蔵、米蔵、れんが塀、宅地が指定の対象となりました。母屋は木造一部二階建ての鉄板葺きで、津軽地方の伝統的な町屋の形式を踏襲しつつ、応接室などに洋風の意匠も取り入れており、当時の屋敷構えをよく伝えていることなどが指定の理由。
源右衛門の六男である作家・太宰治の生家としても有名で、金木町が96年に取得し、現在は太宰治記念館「斜陽館」として一般に公開されています。
鳴海町長は「町の宝でもある太宰の生家が重文指定されたことは、この上ない喜び。来春に予定する合併後も、大切に守っていきたい」と喜んでいます。
一方、高橋家住宅は江戸時代後期の宝暦から明和年間に建てられた商家で、母屋は73年に重文に指定されています。今回追加指定となる米蔵・みそ蔵は土蔵造り平屋建てで、内部が米蔵とみそ蔵に分かれています。文庫蔵は土蔵造り二階建て。母屋や土蔵の建設を示す文書五点も併せて指定されます。
高橋家住宅の所有者は、「貴重な歴史資料を後世に残す意味でも、重要文化財に指定されたことはいいことだと思う」と感想を語りました。黒石の観光PRにつなげるため、将来的には蔵を歴史資料館として利用することも考えているといいます。【読売新聞 10/16】
三重県
松阪市殿町の「旧松阪御城番(ごじょうばん)長屋」が重要文化財に指定されました。
「御城番屋敷」として知られるこの長屋は江戸時代末期、紀州藩の松阪城三の丸に建設されました。城の警護のためこの時期に新設された「御城番」職に就いた20家の武士の官舎。長さ約90メートル、奥行き9メートルの木造平屋建ての長屋が二棟並び、各戸の裏口には便所や炊事場のある角屋が張り出しています。
長屋は明治維新後、各武士に払い下げられ、現在は武士の子孫でつくる合資会社が所有・管理しています。昨年3月には県の有形文化財にも指定されました。
全体、各戸の規模も大きく、路地を挟んで二棟が並ぶ構成も珍しいほか、武家の子孫が良好に保存してきたため、武士たちの生活をうかがい知ることができる貴重な建物と評価されました。【読売新聞 10/16】
京都府
府庁旧本館と梅小路機関車庫の建造物2件=いずれも京都市=が重要文化財(建造物)に新規指定されることになりました。
◇外観はルネサンス様式−−府庁旧本館
上京区下立売通新町西入の府庁旧本館は、1904(明治37)年の完成から今年で100年。れんが造り2階建て(一部地下室付き)で、外壁にはモルタルが塗られています。議事堂を一体化したロの字形で、以降の府県庁舎の模範となりました。玄関やバルコニーの柱の装飾など外観デザインはルネサンス様式である一方、内部の天井には木製格子など和風の伝統が取り入れられ、創建時の姿をよく残しています。都道府県庁舎の重文指定は、郷土館や資料館として使われている山形や山口に続き5番目。
◇建設当初(大正)のまま−−梅小路機関車庫
下京区観喜寺町の梅小路機関車庫は、1914(大正3)年に建設。鉄筋コンクリート造り平屋建て。転車台を中心に20の引き込み線があり、ほぼ東西に扇形を描きます。71年4月までに山陰線がすべてディーゼル化されてからは展示施設としての役割も担い、現在はJR西日本梅小路運転区が管理。計18両の蒸気機関車(SL)のうち7両を動く状態で保存し、山口線を走るC57型1号機も梅小路所属です。
天井窓のサッシ化など小規模な改修を除いてほぼ建設当初のままで、車庫の天井に据えつけられた5トンクレーンが動輪などを運び、SLの維持修理に活躍します。【毎日新聞 10/16】
山口県
国内で唯一現存する最古のセメント焼成窯、小野田市の通称“徳利窯”(正式名・旧小野田セメント製造株式会社竪窯)と、吉香(きっこう)神社(岩国市横山)が、国の重要文化財に指定されました。
徳利窯は、1881(明治14)年設立の日本最初の民間セメント会社「セメント製造株式会社」が、焼成窯として4基建設しました。最盛期には12基が稼働しましたが、新型窯の登場で1913(大正2)年に使命を終えました。
今回指定されたのは残る最後の竪窯で、市内の旧小野田セメント(現太平洋セメント)の工場敷地内にあり、高さ17.8メートルのレンガ造り。国内で完全な形で残るセメント焼成用竪窯として近代窯業史上、価値が高いです。
吉香神社は旧岩国藩主吉川氏の祖霊をまつる神社。江戸中期の1728年建築で、1885(明治18)年に現在地に移築されました。当時の形式を残し、細部にいたる丁寧な造りで、岩国藩大工の高い技量がうかがえます。【毎日新聞 10/16】
宮崎県
都農町川北の「赤木家(あかぎけ)住宅」を重要文化財に指定するよう答申しました。
県教委文化課などによると、赤木家住宅は宅地約1790平方メートル。北東側と北西側は石垣で囲まれ、木造平屋の主屋と蔵、納屋があります。宅地は旧街道沿いにあり、江戸時代後期に豪商の赤木家が「万屋(よろずや)」の屋号で木材業を営み栄えました。
主屋は天保15(1844)年に焼損しましたが、同年に同じ形式で再建されました。住居部分と、高鍋藩が参勤交代の際に使った「本陣」と呼ばれる宿舎からなり、複雑な建築構造が高い評価を受けたといいます。【毎日新聞 10/16】
●10月15日 京都発 京町家保全にと5千万円寄付
東京都在住の元会社経営者の女性が、京都市に5000万円の寄付を申し出ました。女性が「京町家の保全に役立ててもらいたい」との意思を伝えており、市は「市景観基金に繰り入れ、有効に活用したい」と、京町家の保全に役立てる方針です。
寄付は、女性が経営していた建設機械製造販売会社の事業譲渡で得た資金の一部。女性は旅行好きで何度も京都を訪れており、「京町家の保全には多額の費用がかかることを知った。少しでも役立ててもらいたかった」と話しています。
市の景観基金は1991年に設けられ、一般財源繰り入れなどで最大時には約56億円あった。しかし、財政悪化で取り崩しを重ね、現在の残高は約800万円。同市は「女性のご厚意が、さらに多くの寄付の呼び水になれば」と喜んでいます。【京都新聞 10/15】
●10月14日 滋賀発 和風礼拝堂が市民運動で復活、募金募る
和風礼拝堂という異色の宗教建築として知られ、部材が解体保存されている日本聖公会彦根聖愛教会(スミス記念礼拝堂)の復元を目指している「特定非営利活動法人スミス会議」は、市民から復元工事費の募金を始めました。再建用地の確保にめどがつき、解体後8年ぶりに復元に向けて踏み出しました。今後は町づくり運動の出発点として活動の輪を広げたいとしています。
スミス礼拝堂は、伝道のために彦根市に赴任したアメリカ人のパーシー・アルメリン・スミス牧師(1876〜1945年)が、1931年、寺院建築の様式を取り入れて設計、建築しました。
木造平屋で、外観は瓦ぶきの寺院建築ですが、内部は教会で、同じ様式は奈良県や京都府でも見られるといいます。
96年9月、彦根市の道路拡幅工事に伴って、解体撤去の危機に直面したたため、滋賀大学の教官や学生、市民が、文化財の価値が高い建築物として、教会側から建物を無償で譲り受けました。再建を見越して解体した後の部材は保管し、移築用地を探しました。03年6月には運営組織としてNPO法人を結成しました。
移転用地は、元の場所から約200メートル東側の旧市立病院看護婦宿舎跡地で、来年度中には再建する計画です。
スミス会議によると、再建費用は部材の補強も含め約6千万円を見込んでおり、すでに寄せられた約1千万円に加えて、募金で賄う予定。すでにパンフレット3千枚を印刷し、会員を通じて協力を求めます。
筒井理事長は「行政に頼りきるのではなく、市民運動のモデルとして成功させたい。再建できれば、文化財建築物を生かす出発点となるだろう」と期待しています。
入会や募金の問い合わせは、スミス会議事務局(0749−24−8781)へ。【朝日新聞 10/14】
●10月13日 茨城発 真壁の町並みツアーが人気
江戸時代の建物や町割りが残る真壁町が、観光客でにぎわっています。旅行会社が企画した「真壁の街並みと和菓子の食べ歩き」の観光ツアーバスが、昨年に続き今年も首都圏などから続々と真壁町を訪れました。秋の観光シーズンに入ってから、同町内の案内をするボランティアが案内した観光客はすでに5000人を超えているといいます。
観光客誘致の起爆剤となったのは、昨年2月から町の中心市街地で1カ月間にわたって開かれた「蔵の街・真壁のひなまつり」。古い街並みをのんびりと歩きながら、ひな人形を鑑賞する情緒あふれる祭りが人気を呼び、今年は昨年を大幅に上回る約5万人もの観光客が訪れました。
一躍脚光を浴びた真壁観光に目をつけた旅行会社が、昨秋からはバスツアーを相次いで企画。9月から11月下旬にかけて約40台のツアーバスが来町するほか、視察のためのバスも相次いで訪れています。国の登録文化財に指定された86の建物を含め100棟を超える古い建物、9軒の和菓子屋見学をする企画は人気上々といいます。
地理不案内の観光客を温かく迎えるために、01年秋に発足した「街並み案内ボランティア」では、「真壁に来て良かったと思ってくれたら案内のしがいがある」と、週末ごとに訪れる観光客を歓迎しています。【毎日新聞 10/13】
●10月3日 山口発 旧県会議事堂の修復終わる
県は六年前から行っていた旧県会議事堂の保存・修理工事をほぼ終え、一般に公開しました。
旧県会議事堂は1916(大正5)年に建築されました。74年に現在の県庁議会棟の完成で資料館となっていましたが、県は有効活用を目指し工事に着手していました。内装などを整えて、来春、会議やコンサートなどに利用する多目的施設としてよみがえります。
県管財課によると、旧県会議事堂は二階建てレンガ造りで、銅板ぶき。正面に車寄せのある中央棟、左右に東西棟を配して、中央棟の背後に議場棟がせり出す形になっています。
設計は当時の大蔵省営繕班。洋風建築の流れが明治期の重厚さから脱して、軽快さに重点が移った時期で、旧県会議事堂も窓の縁取りや装飾プレートなど細部に大胆な意匠を凝らしています。84年には国の重要文化財に指定されました。【西日本新聞 10/4】
●10月1日 茨城発 旧東京宿泊所は取り壊しに、石蔵は保存
県が今年3月に売却した文京区根津の旧県東京宿泊所の改修計画が、当初の予定より大幅に変更されたことが分かりました。保存を予定していた本館は取り壊し、代わりに石蔵を保存します。保存を訴えていた地元の市民団体の了承も得ているといいます。
県職員課によると計画変更は八月に、売却先の建設会社「久保工」が持ちかけました。
木造の本館は、耐火や耐震面で現在の建築基準法に抵触するため、移築する場合には大規模な改修が必要。改修費用は約3億円という見積もりがあり、外観も大きな変更が必要になります。一方、石蔵の保存にはほとんど問題がないといいます。
市民団体に対しては、本館を解体した後、廃材を引き渡すことで計画変更の了承を得ました。1910(明治43)年建設の蔵は、翌11年建設の本館より古く、同区教育委員会も登録文化財として国へ申請することを検討しています。
旧東京宿泊所は、県が72年に新潟県から購入。職員の宿泊施設として利用してきましたが、利用者減などを理由に売却を決めました。売却先の選定には、地元の意向などを取り入れました。売却額は6億8300万円。【東京新聞 10/1】