『プランB』発刊の趣旨

 私たちは、2006年2月、「資本制経済の限界」を明確に指摘することを出発点に『もうひとつの世界へ』を創刊した。それから3年、アメリカ発の金融危機の世界的拡大はまさに「資本主義の死の苦悶」を示している。1991年のソ連邦の崩壊の直後には「社会主義の敗北」や「歴史の終焉」が流行言葉になったが、隔世の感がある。今や、
「資本主義の限界」が日常語になりつつある。次は何か? この問いに明確に答えなくてはならない。
 しかしながら、なお霧は厚く闇は深い。余りにも多くの難問が積み重なっているからである。
 私たちはどういう時代を生きているのだろうか。生きるとはどういうことなのか、古来多くの人が問うてきた。そのような問いをあざ笑うかのような、顔をそむけたくなる無惨な事態が相も変わらず頻発している。
 30年に及ぶ新自由主義の跋扈によって、リストラが常態化し就職の機会が塞がれ、児童虐待をはじめ社会の崩壊現象が進み、勝ち組・負け組に二極化し、憲法がうたう生存権の保障は空洞化し、弱者は底辺に向かう競争を強制され、日常生活が監視カメラにさらされている。憲法を蹂躙して自衛隊が海外に派兵され、憲法改悪や共謀罪が画策されている。資本によるグローバリズムが引き起こしている、
閉塞した日本社会が陥っている危うさは一時的ではなく構造的であると、多くの人が感じている。
 世界各地ではイラクでもアフガニスタンでもパレスチナでも戦乱が続いている。エネルギー浪費による気候変動は地球の存続をすら危ういものにしている。アメリカの「一極支配」は崩れつつある。ラテンアメリカでは、アメリカの新自由主義支配をはねのけて、新しい変革の波が起きている。ヨーロッパは「社会的ヨーロッパ」を掲げて活路を模索している。
 日本では『蟹工船』ブームに見られるように、底辺の労働者による反撃も開始されているが、思想的にはなお不明のままである。マルクスへの憧憬と復活だけでは決定的に不十分である。ソ連圏の崩壊、2001年の9・11テロが重くのしかかっている。「現存社会主義」と米ソ冷戦体制の崩壊から何を学ぶことができたのか。歴史的敗北・蹉趺に学び、
社会主義像を革新することこそが求められている。各所で模索されている新しい公共性も社会主義の今日的源泉である。同時に、直面する難問への現実的打開策の提示が求められている。国際経済はいかにして相互の関係を律すべきなのか。国際連帯税も必要である。国内での医療制度や社会保障制度はどうあらねばならないのか。科学技術の非人間的利用に歯止めを掛けなくてはならない。
 私たちは、市民を主体とする地方自治を充実して、
市民自治を創造しなくてはいけない。労働者の職場での発言権を確保し、労働組合活動の新生を図ることも大切な課題である。それらの活動において、私たちは豊かな人間性を発揮するとともに、日本の風土にも深く根づかなくてはならない。日本の近代の歴史から学ぶこともその一環である。
 広く視野を拡げ、世界の動向を知らなくてはならない。世界は緊密に絡み合い、国境の壁は低くなり、世界ではさまざまな闘いが展開されているからである。と同時に、私たちは足下の現実 高齢化、環境破壊、家族の変容、失業など がもたらす生活の苦悩からの脱却の方途を探り、切実なかすかな声にも耳を傾け、現状を改善しなくてはならない。個人の生活の向上と世界の変革は、二者択一ではなく、葛藤のなかで進むべき道を切り開いてゆく。
 私たちは、なお幼弱であるが、
開かれた姿勢・広い視野・多様性に立脚する連帯を創りださなくてはならない。職場や地域で闘う人びとや読者が主体であるようなメディアが必要である。『もうひとつの世界へ』を継承する『プランB』は、その名に値する「代案」を提示し、討議する開かれた場として希望を喚起したい。
 私たちは、愛を育み、平和の創造をめざし、平等を志向する。私たちは非暴力を貫く。市民主権を基軸とする民主政の充全な実現を望むからである。 
2009年2月1日