2007年5月24日刊行
木の花農園編 心を耕す家族の行く手 木の花ファミリーのゆたかな夢
13ヘクタールの田畑を耕作する木の花ファミリーは、自給自足の有機農家として 富士宮市内で最大。ただ土 を耕すばかりではない。血縁をこえた大家族の目的は「心を耕す」ことにある。
序 小さな木の花農園のゆたかな夢
いさどんにインタビュー
1 木の花農園の家族たち
ちなっぴーの夢 西尾知夏
ネイティブ・アメリカンとの出会いを経て
嵯峨美雅子
心を耕すミーティング 野田淳二
よしどんの新構想 小柴義明
2 なぜ木の花農園を創ったか 古田偉佐美
3 木の花のたより 玲ちゃん
4 ひろがる活動と共感
土を耕す人への信頼 斉藤啓治
百聞は一見に如かず 川瀬あゆみ
木の花農園見聞録 徳松信男
木の花ファミリーと宇宙 佐野淳也
木の花農園の特徴とよいところ 村岡到
序 小さな木の花農園のゆたかな夢
──いさどんにインタビュー
──木の花農園の一日を垣間見させていただきましたが、まず、みなさんがどんな生活をされているのか、教えてください。
古田偉佐美(いさどん) 私たちは、一三年前から富士山のすそ野、富士宮市で「木の花農園」という名の自給自足の農業ファミリーを一一世帯三四人で創って暮らしています。女性のほうが多く、一歳の幼児から最初の年にここで生まれた小学生と高校生まで子どもも一三人、母子家庭もいます。私自身は、息子も娘もいますが、彼らは名古屋で独立して生活しています。
一個所ではなくいくつかの場所に合計一三ヘクタールの土地を耕作しています。鶏舎(「にわとり小学校」)は、大石寺のすぐ上にあります。農家が農業経営ができなくなって、休耕地になっているところが多く、無料で借りているところがほとんどです。農地は放置しておくよりも何かを植えたり耕したりしたほうがよいですから、無料でも貸してくれるのです。私たちは、自給自足をモットーにしていますから、米でも野菜でも何でも自分たちで生産します。米だけでも一二種もあり、作物の数は二六〇種にもなるでしょう。日本の普通の農家は品目が特定され大抵は数種類ですが、多品種少量生産のほうが土地のためにもよいのです。土壌が劣化しないからです。それに、私たちは無農薬有機栽培を採用していますから、農薬は一切使いません。収穫したものは、まず私たちの食べ物として確保して、余った分は委託店舗や宅配便などを通じて販売しています。地域の人やインターネットで注文してくる人もいます。最近は菜食の薬膳弁当も作っていて評判がよく、いろんなイベントや食事会などでも重宝されています。
生活は共同生活で、朝、大人は食事を摂りませんが、お昼までの間におやつをいただきます。昼食と夕食はみんなが一緒に、昨日あなたがたも加わったように同じ部屋で食べます。寝室はそれぞれ各自の部屋で睡眠します。農作業は、今なら大根の収穫、収穫したヤーコンや里芋やその種子の保存、鶏の世話、ヤギも乳を採るために飼っていますからその世話、といろいろあります。たくさんの人たちが訪問されるので、その応対もあります。夕食が終わると、訪問者が来た場合には昨日のように歓迎コンサートを開催して全員で楽しんだりします。その後にはミーティングを開きます。ミーティングには全員が参加し、訪問者も望めば参加できます。このミーティングは、一三年間今日まで一日も欠かすことなく続けています。話し合うことは、その日の作業の報告、金銭の出し入れ、今後の計画、翌日の作業の手順や人の配置、それに木の花農園に来た手紙や通信も全員に公開します。疑問に思ったことや提案など、心の問題も話します。要するに、何でも話し合い、共有するのです。問題が起これば、すぐにみんなで相談して理解しあい解決するのが、私たちのやり方です。秘密や上下関係はまったくありません。
二〇人からスタートして一三年間、これでやってきました。二〇〇一年には特定非営利活動法人、青草の会を設立しました。青草の会は、農業、食の安全、環境問題、社会教育、福祉、心のケアーなど、皆が助け合って生きる社会作りを目的としています。木の花農園の自然と共生するライフスタイルを基盤として、具体的には「農業体験」「心身のケアー」「障害者、引きこもりなどの社会復帰の手助け」など、幅広い活動をしています。宿泊施設も整っており外国人も含め、利用者が増えています。昨年は東京で「調和の心による循環型理想社会を目指して」と題して、パネル展示と講演会を行いました。二年前には北米大陸先住民の方の呼びかけで行われた「世界の平和を祈るセレモニー」の「土のブース」で、パネル展示や農産物の加工品(手作りクッキー)の試食などを行いながら、農園の活動をもとに循環型農業について説明しました。
特に最近は、心身の病により、家族との関係や、社会生活に支障をきたしている方々の来園が増えています。木の花農園の自然療法のプログラムに沿って、農園に滞在して自然の流れに沿った生活をし、心身の病が回復して社会に復帰してゆきます。ひきこもりやうつ病だった人がここに来ると、ウソのようにすぐに治って元気になります(ただ、それを自分のものとして身につけていないと、「社会」に戻ってまた病になってしまう場合もあります)。
近年は、私たちの存在も知られるようになり、地方の新聞で紹介されたり、この七月にはテレビ東京の「ビッグバラエティー」という番組で二〇分間紹介されました。ホームページも開設していますし、国内だけでなく海外からも見学に来る人が増えています。
──経済的にはどうやって成り立っているのですか?
いさどん 木の花農園に参加するのには何も資格は要らないし、資産も必要ありません。ただひとつ、みんなと調和して自分でできる役割を果たしていく意思だけが必要です。先ほども話したように、土地は無料で借りられますし、いまでは居住する家屋や農機具なども十分に揃っています。資産の新規購入や維持費も含め、農産物の販売収入で十分みんなが生活していくことができています。経済的には、それらの総収入と経費をそれぞれ人数で均等に割り、個人事業主として申告する仕組みになっています。収入はそれぞれの個人名義の口座に振り込まれ(扶養家族数などの違いにより、実際の金額に多少の差は生じます)、そこから各人が一定の金額(本年度は三〇万円)を拠出し、その総額で全員の税金や保険料、年金、教育費なども含めた一切の生活費をまかなっています。
食物のほとんどを自給し、味噌や醤油も手作りですから、食費はほとんどかかりません。個人的に衣類や家具などを購入する場合も、全体の生活費から支払われます。共同生活で物を共有して使いますから、きわめて低廉に生活できるのです。何か大きな物件を購入する際には、「長者番付」を発表して上位者が分担して拠出します。購入した物件は、出資者の共同名義となります。仮にメンバーが木の花農園を辞める場合には、当然、個人名義の預貯金はその人のものとなります。
──普通には考え及ばないユニークな生活システムだと思いますが、いさどんが木の花農園を始めるにいたった動機と経過はどういうものだったのですか?
いさどん 私はもともとは愛知県で建築内装業をやっていました。他人の家をきれいにするのですが、廃材も多く出るのです。廃材は自然を汚します。そのことに気づいて、自然を汚したり、社会に害をなさない仕事をしたいと思うようになりました。
もうひとつは、内装を換えるために注文主の家を訪ねると、子供部屋が荒れていて壁に穴が開けられていたりする。この主婦は改装して子どもの態度も良くなるようにと望むのですが、それはお門違いというものです。その家庭の夫婦のあり方、家族のあり方に問題があるから、子どもが荒れているのです。部屋を改装するのでは子どもの情緒不安の解決にはなりません。そういうことを話していると、その主婦から次に電話が来るのは、内装のことではなく、あの話をもっとしてください、私の悩みを聞いてください、となる事例が増えたのです。
こうして、私は自分の生き方、仕事に疑問を抱くようになったのです。仕事はうまくいっていたし儲けもありましたが、お金を求めることは一番大切なことか、もっと大切な一番があるのではないか、この仕事を続けていては、死を迎えた時に、自分の人生に悔いが残るのではないかと考えるようになったのです。人生を通じての自分自身の値打ちを考えた時、もっと社会的にも個人的にも有意義で大切な生き方があるのではないか、社会のために役に立つ、そういう生き方が望ましいのではないかと思ったのです。三〇歳の時でした。
その前から私は、信じてもらえないでしょうが、こんな体験があったのです。私の祖母は私が一五歳の時に亡くなったのですが、私はとてもかわいがられ、おばあちゃん子だった。いつのころからか、その祖母が私の頭の上に居る感じがするのです。祖母が私を守ってくれていると思っていました。そこで私は祖母の意志に応えるために、あと一〇年は今の仕事をしてそれなりに「普通の欲望」も叶え、その後の人生を社会のために役立つように生きようと考えた。人生八〇年として、四〇歳は丁度その半分、後半生を本当の人生にしようと決意したのです。
人間とは何でしょうか。いろいろ考えた末に、私は気づきました。人間は社会のなかで生き、宇宙のなかで生きています。人間の進化を考えて、ずーっと元までたどってゆくと、アミノ酸にたどりつきます。すべての生命はそこから始まります。そして自然と一体であることに気づきます。人間は土の化身とも言えます。私たちが食物を食べます。それは畑から採って来ますが、誰かが種をまき、育てたものです。種は芽を出し、土に根を張り、土の養分を吸い、光によって育てられます。種はどこから来たのでしょうか。大地と水と光と風と空間から成り立っているのです。地水火風空といいます。始原はそこです。私たちはすべて自然の産物なのであり、その一部なのです。人類は六〇億人を越えましたが、宇宙から地球を見れば一つの生命体の一部にすぎません。今、地球はその人類のために深く病んでいます。環境汚染もそうですし、戦争や社会の崩壊現象もそうです。私たちは今、人類のあり方や、個人のあり方を考え直すときに来ているのではないでしょうか。
人間は、自然と一体となって、その中で生かされているのです。他人もまた自分と同じ人間であり、自分と一緒なのです。他人のためにということは、自分のためでもあるのです。このような気持ちになったとき、他人や社会のために何が自分にはできるのかと考えられるようになるのです。
初めから農業を目指していたわけではないのですが、農業は、人間の思いどおりにはいきません。何よりも太陽の光(天候)に左右されます。人間は生かされているということをよく教えてくれます。自然のなかで自然にそって生きることが大切なのです。自然のなかには、人間に害をなすものもたくさんありますが、それに鍛えられながら学び、人間は育つのです。ところが、近年は、人間が自然をコントロールすることに重きを置き、さまざまな問題を解決しようとしますが、そのことがまた新たな問題を発生させてしまうという悪循環に陥っています。たとえば、病気をすぐに薬などで治そうとしますが、薬害を起こしてまた別の薬を求めるようなことです。こんな悪循環は止めなくてはなりません。
農薬や除草剤をまくということは、田畑で草や虫や微生物を殺していくという戦争状態を作り出し、土を酸性化(腐敗化)し、作物の体質が弱くなるので虫がつきやすく、病気になりやすくなります。木の花農園では、EM(有効微生物)をベースに抗酸化物質が豊富な松・竹・びわなどを入れ培養したオリジナルな有機肥料・ボカシを作っています。有効微生物が働き、土の中にバランスの良い平和な環境をもたらします。
また、このボカシをふんだんに使った木の花農園の「にわとり小学校」(鶏舎)やヤギ舎は、悪臭がせず健全です。フンも臭くないのです。木の花農園の自然農法は、土と作物と虫のバランスにより平和な土の環境や自然環境を作り出します。こうして作られた作物は、体にとって最良の薬となります。私たちが木の花農法=循環型平和農業を提唱する理由です。
──心の問題については理解できるような気がするのですが、社会という、より規模の大きい問題となるとそれだけでは納得しづらいものが残るのではないでしょうか?
いさどん 大きいといえば、イスラエルとパレスチナの長く続く戦争があります。どうしてあれほど激しく争うのでしょうか。私からすれば、お互いが同じ人間であることを深く理解していない結果であるとしか考えられないのです。まるで、右手と左手が殴り合っているようなものです。どちらも自分自身ですから、両方ともに痛いはずなのです。ところがその痛みに気づかないで争っているのです。
私は〈調和の心〉こそがもっとも大切だと思っています。戦争反対とか平和運動がありますが、どうしてその仲間同士で対立しけんかばかりしているのですか。私には、闘争ではなく、〈調和の心〉こそ必要だと思えるのです。そのことは、自然のあり方が示してくれています。
まだソ連邦が存在した時期に、私は自然との調和を図ろうとしない社会はいずれ行き詰まると思っていました。ブッシュのアメリカ資本主義がよいわけではありません。アメリカも崩壊していると言ってよいのです。肥満があふれ、薬漬けの不健康な社会がよいわけがありません。
人間は、近代文明によって科学を駆使してさまざまなものを発展させてきました。それはどういう意味をもっていたのでしょうか。それは人間の可能性を示すものだったのですが、同時にその結果が現在の地球と社会の深く激しい危機を作り出しているのですから、もうそういった、物質追求型の価値観から脱却しないといけないということだと、私は考えています。そして、その方向は自然との調和、生命の尊重にあります。〈調和の心〉にあると、私は考えているのです。自然と調和し、血縁を越えて人々が助け合って暮らすことから生まれる合理性、利便性、豊かさ、満足感は素晴らしく、人を本当の意味での〈豊かさ〉に導いてくれることを、私は確信しています。
──今日はとても貴重なお話を本当にありがとうございました。
(『もうひとつの世界へ』第七号=二〇〇七年二月、より転載)
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