マルクス主義の解縛 「正統的な科学」を求めて 千石好郎
2009年1月16日刊行 ISBN978-4-904350-11-9 C0036 A5判 288頁 定価3000円+税 ご注文はロゴスまで

「解縛」‥聞きなれない言葉である。「縛りを解く」と言う意味が込められている。 「何の」「縛りを解く」のか? マルクス主義の、である。(つづきを読む)

まえがき 目次
第1部 レーニン主義とは何だったのか
 第1章 レーニンの諸実践の再検証
 第2章 レーニン『何をなすべきか』の逆説
第2部 ポスト・マルクス主義の先駆者ダニエル・ベル
 第3章 初期における政治的立場と理論的パラダイム
 第4章 中期におけるポスト・マルクス主義の模索
 第5章 マルクス社会理論に対する全面的対決
第3部 唯物史観の再検討
 第6章 アンソニー・ギデンズの「史的唯物論の現代的批判」
 第7章 唯物史観から分化理論へ 社会変動論のパラダイム転換
 第8章 村岡到社会変革論の到達点
第4部 書評論文
 高田社会学の現代的意義
 デーヴィッド・レーンのソ連論
第5部 旅の中で ドイツの旅で考える アメリカ訪問記


書評 千石好郎『マルクス主義の解縛ーー「正統的な科学」を求めて
斉藤日出治(大阪産業大学教員)

 マルクスの亡霊は、20世紀に社会主義世界システムの誕生とともにひとびとの思考と行動を支配した。この呪縛は20世紀末に社会主義が崩壊して以降も知識人を支配し続けている。著者は、本書でこの呪縛を解き放ち、マルクス主義に代わる社会認識の新しいパラダイムを提起しようとする大胆で野心的なこころみに挑む。
 第1部ではレーニンの政治的実践がとりあげられ、レーニンが強盗や詐欺による資金調達、憲法制定会議の強制的な解散、旧支配者の家族の処刑の執行、教会の破壊と財産の没収、農民の食料挑発、強制収用所など一連の赤色テロルを断行し、この実践がマルクスの「空想社会主義」の理念を実現するために正当化されていることが断罪される。またこの政治的実践のために、知識人集団である前衛政党が全国政治新聞というプロパガンダを通じて大衆を扇動し、社会主義の理念を外部注入する『何をなすべきか』が書かれたことが解明される。
 第2部では、ダニエル・ベルが社会主義に傾倒していた時代からポスト・マルクス主義へと転換する知的遍歴の過程がたどられる。ベルは経済による政治の決定を根拠にした「独占国家論」を放棄して「政治的に管理された経済」論へと転換し、階級や集団の組織化が経済的な機能よりもむしろ政治闘争や道徳的きずなや公共倫理を仲介にして行われるという認識をしだいに獲得していく。
 第3部では、アンソニー・ギデンズの史的唯物論、タルコット・パーソンズの構造的分化論が紹介され、マルクス主義の史的唯物論に代わる知的パラダイムが提言される。史的唯物論が経済的・物質的な土台による観念・理念・文化の一元的な規定という図式をとるのに対して、構造的分化論は経済・政治・文化の相互作用と多元主義的な決定を特徴とする。歴史を経済による上部構造の一元的な決定と経済的な階級闘争に還元するマルクス主義にたいして、社会の諸領域の分化と脱分化のダイナミックな相互作用による社会認識の必要性が力説される。
 マルクス主義のパラダイム・チェンジを図ろうとするこの著者の思考のベクトルは、マルクスの再読をこころみるポスト・マルクス主義の流れとも共鳴しているといえよう。社会の諸審級の重層的な決定を重視する構造マルクス主義、さらに構造マルクス主義を批判して経済当事者の思考と行動が再生産と蓄積の構造を築き上げるとして、経済当事者相互の闘争や調整を重視するレギュラシオン学派、さらには労働者の経済闘争を最優先するのではなくジェンダー、エスニシティ、セクシュアリティなどの多元的な社会闘争との節合関係において位置づけようとする節合理論などがそれである。
 著者はこのパラダイム・チェンジのベクトルに村岡到理論をも位置づけようとする。村岡氏が主としてソ連邦の崩壊を契機として、社会主義の理念を「現存する社会主義」とも、さらにはマルクスとも異なる形で脱構築しようとする思考の軌跡をたどり、「生活カード制」、「協議型社会主義」、「連帯社会主義」という理念の提起が、唯物論の経済決定論に代わる政治と経済との分節=連節の社会認識を進化させるものであると評価する。左派思想の豊かな知的交流の地平を開く好著である。

プランB 20号(09.4.1)に掲載されます。