
まえがき(要約)
「解縛」 聞きなれない言葉である。「縛りを解く」と言う意味が込められている。「何の」「縛りを解く」のか? マルクス主義の、である。著者の見解では、日本では、あまりにもマルクス信仰が長く、深く浸透し、定着していたので、たしかに1991年にソ連が崩壊して、マルクス主義の権威は、地に落ちたけれども、あたかも江戸時代にキリスト教が「隠れキリシタン」として生き延びてきたように、マルクス主義も延命してきた。そして、格差拡大、グローバルには、アメリカの金融帝国の崩壊によって、またぞろ、マルクスの亡霊の蘇生がささやかれるようになっているのではなかろうか。その徴候は、日本では、小林多喜二の『蟹工船』がブームになったり、『マルクスだったらこう考える』(光文社、2004年)の著者的場昭弘氏が「新たな階級闘争の始ま」と進軍ラッパを吹いたりしていることに、見られる。
だが、著者は、マルクスの亡霊の復活・蘇生は、「二度目は茶番」の故事を想起せざるを得ない。やはりこれは、ソ連崩壊以後の、「社会主義の実験」の総括があやふやにしかなされてこなかったことの当然の現象なのではないのか? 著者の想念は、ここに帰着する。
たしかにソ連崩壊後、日本でも総括の試みは、部分的にはなされた。たとえば、日本のソ連研究の第一人者である塩川伸明氏による真摯な問題提起にもかかわらず、「社会主義の実験」の「自己点検と再考」は、日本ではさほど進捗しなかったように思われる。
著者は、そのような塩川氏の問題意識を共有しながら、そのような試みを微力ながら行なってきた。そのささやかな成果が、2007年1月に刊行した『近代の「逸脱」』(法律文化社)である。しかしながら、極めて簡略にしか論じていない部分が幾つか残されていた。その主たるものは、レーニン論とポスト・マルクス主義論とであった。本書は、それらの欠落部分をいささかでも穴埋めするための作業である。すなわち、第1部「レーニン主義とは何だったのか」と第2部「ポスト・マルクス主義の先駆者ダニエル・ベル」、および第3部「唯物史観の再検討」がそれである。その意味では、本書は、前著『近代の「逸脱」』の姉妹篇という性格を持っている。
日本の場合は、どうであろうか? 著者の狭い知見では、日本の新左翼は、1960年代後半から70年代前半にかけて一世を風靡したが、ノンセクト・ラディカルと諸セクトの渾然一体となった運動が次第にレーニン主義へと収斂していき、1972年の連合赤軍事件を境に急速にしぼんでいってしまった。日本の新左翼は、レーニン主義への回帰という旧左翼に回収されていってしまったわけである。このような中から、真剣に「自己点検と再考」を行なう中で、総括をやりきった人は数少ない。その一人が、本書第8章で取上げた村岡到氏であり、笠井潔氏なのではなかろうか?
著者がさまざまな機会に痛感していることの一つは、人間は、なかなか変わらないということである。若い時に、マルクス主義の洗礼を受けた人々が、ソ連崩壊を契機に「社会主義の実験」の悲惨な実態を知ったにしても、思考回路が別のものに変更されない限り、結局は思想転換(Conversion)にまで行き着くことは困難なのではないかということである。その結果、マルクス主義の根本的総括がなされないまま、「隠れマルキスト」として結構生き永らえているのではなかろうか? そのような「隠れマルキスト」の場合、「社会主義の実験」の負の側面には、なるべく「見ざる、聞かざる、言わざる」の心理機制が働いているようである。したがって、ミロバン・ジラスの『新しい階級』やヴォスレンスキーの『ノーメンクラツーラ』など、いわゆる「際物」扱いして見向きもしない傾向があるようだ。それゆえ、今日では、なかなか入手しずらいので、本書第2章では詳細に紹介することにした。
著者の場合、専攻が社会学(マルクス主義の側からの呼称では「ブルジョワ社会学」)であったので、何時も、マルクス主義と社会学の複眼的思考に馴れていた。したがって、マルクス主義への疑問も、容易にその批判へと突き進むことが可能であったのではないかと考えられる。したがって、冒頭に述べた「二度目は茶番」を回避するためには、「正統的な科学」の確立が求められているのである。その初発の試みが、第7章「唯物史観から分化理論へ 社会変動論のパラダイム転換」である。
より良き社会とはどのような社会なのか、真剣に模索する人々、マルクス主義の総括を追及している人々に、本書が何がしかの手掛かりになることを期待することにしたい。目次
まえがき
序章 マルクスの革命論は、なぜ時代遅れになったのか
第1節 1882年の「『共産党宣言』ロシア語第2版の序文
1 今、マルクス革命論の超克が求められている
2 日本におけるマルクス研究の偏り
第2節 マルクスのアメリカ論
1 初期マルクスは、アメリカ情報をどこから入手したか?
2 初期マルクスのアメリカ観「もっとも進歩的な国」
3 唯物史観確立後のアメリカ観の変容
4 南北戦争(黒人問題)への基本的視座
5 人種問題と労働者の解放との関連に対するマルクスの基本的視座
6 永続革命論的視座のなかで把握されていた南北戦争
7 「なぜ、アメリカには社会主義は存在しないのか?」
第3節 マルクス革命論の空想性
1 人種問題把握の限界
2 近代理解の限界
第4節 マルクスからレーニンへ
第1部 レーニン主義とは何だったのか
第1章 レーニンの諸実践の再検証
第1節 「未完のレーニン」か、「グッバイ・レーニン」か
1 マルクス主義の歴史的段階区分
2 レーニン主義「相対化」の諸段階
第2節 レーニンの政治的実践をめぐる事実認定をめぐる諸問題
1 レーニン研究の新段階
2 論争点1 非合法的資金獲得作戦
3 論争点2 1917年のレーニンの帰国問題
4 論争点3 1918年1月の憲法制定会議の強制解散問題
5 論争点4 1918年7月の皇帝ニコライ二世と家族の死刑問題
6 論争点5 1918年から22年のシューヤ問題とレーニンの手紙
7 論争点6 赤色テロ問題
第3節 レーニン主義の本質
1 レーニンの政治的信念(=確信)
2 レーニンがさまざまな「赤色テロル」を実行したモチーフ
3 ソ連型国家社会主義が74年間も存続できた原因
第4節 今後の課題
1 ヴェーバーの予言
2 レーニンへの訣別とオルタナティブの模索
第2章 レーニン『何をなすべきか』の逆説
はじめに
第1節 『何をなすべきか』の骨子
1 『何をなすべきか』の誕生
2 『何をなすべきか』の骨子
第2節 ロシア革命以前における危惧
1 マルクスに内在する両義性(曖昧さ)
2 バクーニンのマルクス批判
3 パレートのマルクス主義批判
4 レーニンの悩み(?)、ブハーリンの危惧
第3節 ロシア革命以後の告発 国家社会主義社会の実体
1 ロシア革命とレーニンの本音の吐露?
2 ミロヴァン・ジラス『新しい階級社会』(1957)
3 ヴォスレンスキー『ノーメンクラツーラ』
第4節 「新しい階級」論の普遍化を目指して
1 西側における「新しい階級」論の試み
2 「新しい階級」論の普遍化を目指して
3 グルドナーの未完の仕事
終 節 三者の予測と暫定的結論
1 三者の予測
2 暫定的結論
第2部 ポスト・マルクス主義の先駆者ダニエル・ベル
第3章 初期における政治的立場と理論的パラダイム
第1節 ダニエル・ベルの経歴と業績
1 「二度生まれ」の世代の一人としてのダニエル・ベル
2 社会理論家以前のダニエル・ベル
3 経歴と業績
第3節 初期ベルの政治的立場と理論的パラダイム
1 『新しい指導者(The New Leader)』とベル
2 第二次世界大戦とダニエル・ベル
3 独占国家論の模索と挫折
第4章 中期におけるポスト・マルクス主義の模索
第1節 模索の過程
1 シカゴ大学におけるパラダイム革新のための模索
2 ベルにおけるポスト・マルクス主義への傾斜
3 ポスト・マルクス主義を目指すModern Reviewの試み
4 「単純なマルクス主義的立場」からの訣別
5 『独占国家』論から「政治的に管理された経済」論へ
6 ベルのマルクス主義からの訣別は、「転向」か?
第2節 アメリカ・マルクス主義運動の内在的総括
1 『マルクス派社会主義』研究の経緯とモチーフ
2 概 要
3 総括の方法論的視座
4 方法論的視座の含意
第5章 マルクス社会理論に対する全面的対決
第1節 後期ベルのマルクス批判
第2節 マルクス理論形成史に対するベルの見解
第3節 ベルのマルクス理論批判の概要
第4節 マルクス未来社会像
第5節 ベルのマルクス評価の最終結論
第3部 唯物史観の再検討
第6章 アンソニー・ギデンズの「史的唯物論の現代的批判」
はじめに
第1節 初期ギデンズの社会体制論
1 『先進社会の階級構造』の意義と問題点
2 ギデンズの「経済と政体の分離=資本制社会」説の由来
3 ヴェーバー的階級概念への傾斜と
マルクス的「資本主義的労働契約」概念の不在
4 ギデンズの「生産諸関係」についての理解の問題点
5 「資本主義的労働契約の特殊性」の認識へ
第2節 構造化理論の構築
1 ギデンズのマルクス/マルクス主義への関わりの変化
2 ギデンズ「構造化理論」のモチーフ
3 構造化理論のエッセンス
第3節 『史的唯物論の現代的批判』
1 ギデンズのマルクス主義への態度
2 ギデンズから見たマルクスおよびマルクス主義の評価a
3 ギデンズから見たマルクスおよびマルクス主義の評価b
4 ギデンズの歴史理論:史的唯物論への代案
第4節 『国民国家の暴力』における「批判」の深化
1 4つの「制度群」としての近代
2 「市民権(シティズンシップ)」概念の展開
3 未来社会への展望におけるマルクス主義への不信
第5節 『左翼と右翼を超えて』におけるポスト・マルクス主義への飛翔
第7章 唯物史観から分化理論へ:社会変動論のパラダイム転換
はじめに 問題意識
1 「唯物史観」に反した革命
2 「社会主義の実験」の挫折と「正統的なる科学」の要請
3 分化理論
第1節 タルコット・パーソンズの分化理論
1 パーソンズにおける「ネオ社会進化論」の形成
2 構造的分化としての近代
3 パーソンズのAGIL図式の射程
4 パーソンズ理論の現代的意義
第2節 「経済と社会」問題をめぐる三つのパラダイムの鼎立
1 鼎立する三つのパラダイム
2 「経済社会学」の優位性
3 「文化」をめぐる三つのパラダイムの見解
4 「経済社会学」を代表するパーソンズの多次元的アプローチ
5 正しい脱分化へのホールトンの提案
第3節 マルクス主義に対する分化理論の優位性
1 「分化理論」からみたマルクス主義の老朽化
2 「経済社会学」からみたマルクス主義の欠陥
3 「分化理論」のマルクス経済学に対する優位性
4 社会主義は分化がもたらす諸問題に対する反応である
5 脱分化へのさまざまな試みの一つとしてのマルクス主義
おわりに パーソンズ以後の分化理論の展開
第8章 村岡到社会変革論の到達点
第1節 なぜ、村岡到理論なのか?
1 村岡到氏の経歴と業績
2 新左翼の理論家のなかで村岡到理論を検討する理由
第2節 ソ連崩壊直前の理論的立場
1 この時期の仕事
2 ソ連崩壊直前の理論的立場 (a)社会主義論
3 ソ連崩壊直前の理論的立場 (b)前衛党組織論
4 ソ連崩壊と新たな模索への基本的姿勢
第3節 「生活カード制」(および「協議型社会主義」)の提案
第4節 村岡流ポスト・マルクス主義の模索
第5節 村岡到氏の政治哲学論
1 村岡氏と評者との状況認識の差異
2 村岡流政治哲学
第6節 日本の社会主義運動史上における村岡理論の位置
第7節 理論家から思想家への脱皮は?
補論 村岡社会変革論の現実性と空想性
第4部 書評論文
高田社会学の現代的意義
はじめに
第1節 高田保馬主要著書復刊の意図と選択の基準
1 なぜ、3冊は選ばれたか?
2 なぜ、高田保馬はいま復権されなければならないか?
第2節 高田保馬理論の現状分析の射程
1 少子・高齢化問題への有効性
2 格差問題の深い理解のために
第3節 高田保馬のマルクス批判の射程
1 高田保馬の学問的営為のモチーフ
2 「正統的なる科学」の構築
第4節 高田社会学の展開と今日的意義
1 高田社会学の展開
2 高田社会理論の継承・発展されるべき論点
3 『全集』刊行への待望
デーヴィッド・レーンのソ連論
1 ソ連崩壊以後のソ連研究の意義
2 デーヴィッド・レーン(David Lane)の経歴と主な業績
3 『国家社会主義の興亡:体制転換の政治経済学』の概要と特徴
4 レーン理論の特徴
5 批判的コメント
第5部 旅の中で
ドイツの旅で考える
アメリカ訪問記
参照文献
あとがき
人名索引