『青春70歳ACT──若者へのメッセージ』ブックレットロゴスNo.7
2011.10刊行 ISBN978-4-904350-20-1 C0036 定価:本体1100円+税 ご注文はロゴスまで
青春70歳ACT
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国鉄労働運動六〇年 佐久間忠夫
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戦争・安保・冤罪・差別・震災
──私の人生を集約した五つのキーワード 佐藤三郎
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東京大空襲裁判闘争 斎藤亘弘
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朝日訴訟から生存権裁判へ
──権利はたたかう者の手にある 朝日健二
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1931年生まれの佐久間忠夫さんを初め、みな戦争の惨禍に叩き込まれ、戦後の廃墟から立上がって平和のために、あるいは民主主義のために活動を重ねてきた。それぞれに貴重な体験をくぐり抜けている。佐久間さんは国鉄労働組合運動を、佐藤三郎さんは教育労働者の闘いを、斎藤亘弘さんは東京大空襲裁判を、朝日健二さんは朝日訴訟(生存権裁判)を、長年にわたって担ってきた。
経験の継承という意味では先輩たちにさらに教訓と知恵を活かしてほしいと思うと同時に、若い世代の登場を切望する。同じ誤りをくりかえさないためには、歴史の教訓を活かすことが大切である。記憶を風化させることは、同種の過ちを犯す迷路への陥没に通じるとも言える。
収録した四人は全部男性で、天の半分を支える女性がいないのは残念だが、政治的分類で見ると、共産党系、社会党系、無党派とバランスよくそろったのは、よかった。私の年来の主張である、党派を超えた協力・共同の追求が実を結んだとも言える。テーマとしては、国鉄、教育、空襲、生存権となるが、労働運動も市民運動も包摂できた。
この四人の、平和の創造に向けた「若者へのメッセージ」が若い世代に届いて先人の教えを活かす糧になり、あるいは同年配の人びとの奮起につながることを強く望む。朝日さんの結びがドイツの法学者イェーリングの言葉で締めくくられていることの意味を深く噛み締めたい。
目次
はしがき
国鉄労働運動六〇年 佐久間忠夫
国鉄労働運動六〇年
言いたい放題
今年は統一戦線的な運動を
まだなら、ぜひ『人らしく生きよう』を
知ってほしい横浜人活訴訟原告の思い
本多さんの九六歳を越えたい
大震災──人に優しくない社会
「国鉄闘争終結」に思う
番外 立山学 追悼
戦争・安保・冤罪・差別・震災
──私の人生を集約した五つのキーワード 佐藤三郎
1 皇国臣民づくりの国民学校時代
父への赤紙 集団疎開 神戸大空襲
2 訪れた平和──高校・大学・サラリーマン生活の中で
「全面講和か、単独講和か」 ホームルーム討議
忘れがたい「フランス式デモ」への参加
全国に広がった「勤評闘争」と「うたごえ運動」
夫婦別居を強いる「強配」反対闘争
サラリーマンから教職への転身
3 三〇年の高校教員生活の中で
八海事件から仁保、そして牟礼へ
Aを見捨てるな──退学処分反対闘争との出会い
「被差別生徒の現実」に叱咤されて──ヘルメットもゲバ棒もない闘争
解放教育から就通学保障の闘いに
4 震災を通して見えてきた政治の貧しさ
地域活動で「第一のあらし」に遭遇
震災後の「第二のあらし」
5 今 私たちは どう行動すべきか
戦時体験と重なる平成二〇数年の今
野良の猫と捨てられた犬東京大空襲裁判闘争 斎藤亘弘
戦災から東京大空襲裁判へ
疎 開
東京大空襲
人生の課題と苦難
私の読書と映画遍歴
忘れられない、出会った人
私の健康
東京地裁判決と全国空襲連の課題
アウシュヴィッツへの旅
戦争責任めぐるドイツと日本の違いを痛感
ウイーンからポーランドへ
アウシュヴィッツの迫力
チェコの首都プラハへ
朝日訴訟から生存権裁判へ
──権利はたたかう者の手にある 朝日健二
いま朝日訴訟の「前夜」そっくり
朝日訴訟の「前夜」一九五四年
「人間裁判」朝日訴訟の提訴
東京地裁勝訴判決とその影響
朝日茂さんとの出会い
私の生い立ち──学費が出せず進学を断念
朝日訴訟の承継運動へ
夫婦で養子──ペンに代え鉄のわらじ履いて全国行脚へ
「第二の朝日訴訟」生存権裁判
「百年安心の年金」とセットで高齢者の保護基準二割引き下げ
ホテルコスト徴収──介護保険施設で生活保護と逆転
世界最悪の格差と貧困──それでも母子加算を廃止
国民の反撃──高齢者、シングルマザー一〇〇余人が提訴
「健康で文化的 」は 「最低生活費 」か 「最低生存費 」か
いま再び朝日茂さんのように
略 年 表
12.9第17回CS神奈川懇話会
「『青春70歳ACT』出版を記念して」報告
2011年12月9日、川崎市の中原市民館において、市民連帯神奈川懇話会「『青春70歳ACT』出版を記念して」を開催しました。話題提供者は、東京大空襲訴訟原告の斎藤亘弘さんと、元鉄建公団訴訟原告の佐久間忠夫さんで、全体の参加者は10人。「戦争と鉄道の地域史」を調べている教育労働者が遅れて駆け付け、昔、川崎の病院で労働争議を闘ったという女性が電話をくれました。
懇話会では最初に、ロゴスの村岡到編集長が『青春70歳ACT』出版の経緯と、出会った著者4人に関して説明しました。すなわち、「国鉄労働運動60年」の佐久間忠夫さん、「戦争・安保・冤罪・差別・震災」を体験してきた元教育労働者の佐藤三郎さん、「東京大空襲裁判闘争」の斎藤亘弘さん、故・朝日茂氏が座右の銘にしていたイェーリングの言葉を胸に「朝日訴訟から生存権裁判へ」と闘争を展開する朝日健二さん。このうち、神戸の佐藤三郎さんの活動と岡山の朝日健二さんの闘争については、特に詳しく紹介されました。
斎藤亘弘さんの話は、長年にわたり映画界にいた人らしく、NHK「カーネーション」と「坂の上の雲」の評価から始まりました。これらの作品は、映像技術も脚本も配役も優れているが、司馬史観には「侵略」の視点が欠落していると指摘。「私の家族は東京大空襲の犠牲者であり、明治維新からの日本の近現代史が間違った方向へ歩んだ結果だと捉えている」と述べました。さらに、東京大空襲60年展の際に作成した冊子「東京大空襲に至る<近現代史>解題」では、国家の「侵略のつけ」としての庶民への惨酷な犠牲を辿ったことを紹介。また、東京大空襲訴訟控訴審は来年4月25日の判決を待つばかりとなりましたが、今後は脱原発への国策転換も要求していきたいと意欲を語りました。
議論では、太平洋戦争の空襲により焼け出された庶民と、3・11原発事故による「放射能の雨」から逃げ惑う福島県民らとの、共通性が話題になりました。国は「神風が吹く」と嘘をついて国民を戦争に動員しましたが、軍人・軍属には恩給があるのに、空襲被害者には補償がありません。他方、国や東電は「安全神話」をバラまいて原発政策を推進してきましたが、事故被害者の特に「自主避難」者には、見舞金程度で誤魔化そうとしています。
佐久間忠夫さんの話は、横浜でうけた空襲体験から始まりました。続いて、現場からみた戦後労働運動史が語られましたが、注目されるのは未だに真犯人が分からない、1949年「国鉄三大謀略事件」(下山事件・三鷹事件・松川事件)に関する話でしょう。今年11月に三鷹事件の「死刑囚」竹内景助氏の長男が、再審請求を申し立てたからです。最後に、国鉄闘争は一区切り付いたが、さらに雇用確保をめざし闘っていくと決意表明。また、脱原発の闘いで勝たないと、逆に「大政翼賛会」に似た動きが出てくると警告を発しました。
質疑では、「一人一人が起ち上がり、人らしく生きていくことが重要、という考えはいつ生まれたのか」という質問が出されました。佐久間さんは、「日本が敗戦で軍国主義から民主主義へと転換したが、大人は誰も責任を取らなかった。そんな風にはなりたくないという思いから、自分の頭で物事を考え判断するようになった」と回答。今回も時間が足りない状況でしたが、ベテラン運動家2人を交えた議論で、皆の元気が出る集会となりました。
報告=佐藤和之(CS神奈川世話人)