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後段にその夜のひとこまがあります。

   8月定期講演・交歓会(平成20年)

  スクールカウンセラー第1号 
  
   横塚怜子氏(福島市)


  「学校で今 何が起きているのか」

         少女の胸に灯がともった。心が震えた。「女性は経済力を持つことが大事だ。
         男性に依存しない生き方を選んで欲しい」。恩師の女性教師が熱い言葉で
         何度も諭した。半世紀以上も前の中学時代―。人生の道しるべとなった。    

         高校に進み、青春の悩みにぶつかった。人生とは、生き方、愛…。
         哲学に救いを求め、図書館で探していた。隣の書架の心理学の本を、
         たまたま手にした。〜若者達が心の問題で懊悩煩悶、最後は立ち直る〜。
         「これだ!求めていたのは」。そのプロセスを興味深く書いた
         「臨床心理学」だった。「これで生きたい!!」  

         だが当時は心理学で生活するのは難しい時代だった。家も貧しかった。
         夢は断念せざるをえなかった。福大に進学、先生の道を選び、
         福島市の桜の聖母小中高に奉職した。天職と考えるほど働いた。
         男まさり、化粧っ気なし、生徒思いの熱い先生だった。テストの時、
         答案を1枚、1枚丹念に見た。必ずコメントを付けた。目は常に充血、
         肩はパンパンに凝り固まっていた。生徒全員の学力はほぼ掌握していた。

              愛する夫を肺ガンで失った。72年、娘5歳、息子3歳、自分は35歳だった。
         「子供が一人前になるまでの
20年間、何とか生かして下さい」。毎日祈った。
         一層、懸命に働き、生徒と肩を組んだ。 

         ある日、アメリカ映画「いまを生きる」を観た。教師と数人の少年の青春を
         映像で追う内容だった。
         字幕が流れた。

         〜薔薇の蕾(つぼみ)を摘むのならいま 時の流れはいと速ければ 
         きょう咲きほこるこの薔薇も あすには枯れるものなれば〜

             魂を揺さぶられた。「そうだ、心理学をやりたかったんだ。薔薇の蕾を摘むのは
         今しかない」。青春のマグマが再び、噴出し始めた。
40歳代後半になっていた。

         壮烈な挑戦が始まった。東北・北海道で初めて福島大学に教育系大学院が
         設置された
85年。1期生として難関を突破、中央紙の全国版で報道された。
         子供のような学生たちと心理学を学んだ。優がダントツに多く、
         修了式では首席総代に。福島医科大学で精神科の臨床研修にもチャンレンジ、
         臨床心理士に。半生の教職を辞め、
95年スクールカウンセラーの第1号になった。
         還暦直前だった。福島市内の高校を担当した。 

             社会は激変、学び舎も苦悩している。いじめ、学級崩壊、殺人事件…。
         カウンセリン
グが必要な教師、父母も少なくない。
         「先生の『とっておきのお話』」を文芸社から全国出版した。
         熟年だからこそカウンセリング出来る心の相談。人生本番の
70歳。
                                                    (小林富久壽)

                     その夜のひとこま