下のページに写真で綴るその夜のひとこまがあります
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| 8月定期講演・交歓会(平成22年) 「9・11ニューヨークテロと進盟ルーム」 講師 在NY17年の三ッ星・不屈の女性デザイナー ビル崩壊による化学粉じんから膠原病に 奇跡の復調 テロの真実… |
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01年9月11日朝−。ニューヨークは真っ青に晴れ上がっていた。ドーンと強烈な音が響いた。誰かがまた機関銃でも…。その程度に思いアパートから出た。世界貿易センターのツインタワーが空を突いていた。北棟からは真っ黒の煙がもくもくと上がっていた。「映画の撮影? 大げさね〜」。何でもありのNY。そのまま気にもせずメロンを買いに出かけた。 貿易センターから約850bの場所に住んでいた。メロンを購入、いつものカフェーでTVを見ながら朝食を楽しんでいた。画面は別のタワーからの黒煙を映し出した。もしや、不安が襲った。外に飛び出た。上空を見上げた。ド、ド、ド、ド、ド〜〜〜〜〜っ!!!。天からのタワー崩壊、つんざく轟音、空に上る黒白の粉じん、一方で津波のように人、車、街をのみ込む粉じんの波。 地獄と化した。雨のように人間が降って来た。腕だけもあった。足も落ちて来た。書類、靴…。必死で階段を逃げた住人。迫りくる熱さ。耐えられず傘を開き30階、40階から飛び降りた人々、トレンチコートを首に巻き、スーパーマンのように飛び込んだサラリーマン。阿鼻叫喚が繰り広げられた。 タワーには有害物質アスベストが多量に使われていた。崩壊とともに無数の化学物質も舞い上がった。加えて死臭。耐えがたい環境、どの位の期間、生活しただろうか。 彼女は 衣装デザイナーとしてNYで知られた。世界的な美術家・森万里子、ジャネット・ジャクソンらの衣装を担当した。店は4回も三ッ星に輝いた。ニューヨークタイムズ、ABC−TVでも報道された。 テロ翌年から咳こむようになった。咳が酷く眠られないことも。昨年7月、突然、脳梗塞に襲われた。左半身・顔面まひ、言語障害、頭痛、耳鳴り…。鼻呼吸が出来ず睡眠中に呼吸困難になることも、臭いもしない。杖でやっと歩けた。 昨年暮れ、慶応病院で?原病と診断された。故郷いわきで12月15日からリラクゼーション進盟に入った。杖なしで歩けた。言語障害は回復、鼻呼吸も可能に…。奇跡のようなことが次々に起きた。1月8日までの19回、金額にしてたったの1万円だった。 1月12日、ニューヨークへ。氷点下15-20度の世界。3月から?原病が暴れ出した。名声・名店を捨て、アメリカにさようなら。人間を取り戻すため再度いわきに。車イスで帰国。 7月10日から進盟入室中。とにかく明るい、積極的、人の痛みを深く知った。サンシャインいわきを代表する女性へ。病状は、どうなっている、そしてどうなる… (小林富久壽) |
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