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     2月定期講演会(平成18年)

 全国に知られる「玉梨とうふ茶屋」

  親方 佐々木謙一氏(金山町)


「母への愛情から生まれた幻の青ばと

 豆腐」




観光シーズンには、客がレジの前に、
10b以上も並ぶことがある。
奥会津・金山町の「玉梨とうふ茶屋」―。
マスコミで知った大阪の人がわざわざタクシーで訪れたことも。
高齢化と過疎に泣く奥会津で最も輝くスポットの1つになった。
茶屋を興して
14年。母を想う心、豆腐職人の誇り、
そして執念が幻の豆腐を生んだ。


6人姉妹の長男。スナックを経営した。
酒、女、ばくち…。生活が崩壊した。妻とも別れた。
「札付きのワルだった」と振り返る。
3千人の寒村の視線は厳しかった。


「だがどんな道楽息子でもお袋を捨てることは出来なかった」。
事故で足が不自由だった。
土木作業員にも使ってもらえなかった。


亡き父が毎朝
10丁ほどの豆腐を作り、近所に売っていた。

青ばと豆腐―。幼いころ食べた、懐かしくて、おいしい味。
田んぼのあぜ道に植えた枝豆で作った豆腐だった。
幻の青ばと豆腐の復活に人生をかけた。


母の手ほどきで始めた。にがりの加減が特につかめなかった。
失敗の連続。「豆腐にならず、どれほど捨てたことか」。
何十回も辞めようと思った。何日も道具を手にしないこともあった。
だが、その度に年老いた母を想った。不憫だった。


豆は、親しい農家に有機栽培を頼んだ。
水は、ブナ林の原生林から湧き出る「奥会津百年水」、
天然塩田のにがり、そこに人生の夢と心意気を込めた。
「幻の青ばと豆腐」が誕生した。


淡く、やさしい緑色、枝豆の香り、濃厚さ…。
1丁
500円、極上は1300円。人気が爆発した。
マスコミの報道が相次いだ。


7年前、母の米寿の祝いをした。
姉妹、親戚、住民が心から喜んでくれた。
出席者全員に、頭のように大きい紅白饅頭を贈った。


「お袋には、本当に苦労をかけた。
苦労をいっぱいかけた分、饅頭も大きくした」。
あいさつで声を詰まらせた。
小さくなった母が、目頭を押さえた。
すすり泣きが会場に広がった。

奥会津の本物の味を追い求める
62歳。