トップページに戻る



         新春定期講演会(平成18年)

 
  ビックレンタル社長 四家千佳史氏(郡山)

         宝の山を発見する」


わずか4人で建設機械レンタル会社を興した。3年間で業界売り上げ県内1に
輝いた。M&А(企業の合併買収)で進出した宮城は
2年で制覇した。新潟県は
たった
1年。群馬のトップも時間の問題とされる。97(平成9)年、県下76番目の
建機レンタル会社として設立して9年。売上は
189億円(3月決算)、従業員486人に
成長した。公共事業大幅削減の嵐の中での大躍進。当時
29歳だった青年社長の秘策は…。


県内の建機レンタル会社を端から訪れ、徹底調査した。千佳史社長は
コマツ福島・四家雄二社長の長男。「今頃になって、あのボンボン、レンタル会社を
本当に始める気なのか」。そんな軽い程度にしか受け取られなかった。
加えて若い。警戒もされなかった。大発見をした。「建機レンタル業界には、
宝の山がある」

 
各建機レンタル会社には無駄の山があった。それをなくせば宝の山に一変する。
支店(営業所)に建機のレンタル注文がくる。支店に無い時は断る。他の支店、
本店も調べ、会社全体で建機があれば回す。そんな当たり前のことさえしなかった。
建機は購入価格が高い。稼働率を高めるか否かが会社の生死を分ける。
「建機レンタル業界に経営がなかった。経営を導入すれば、断トツ、トップになれる」


支店ごとの効率を考える「部分最適」から会社全体の「全体最適へ」。実現するには
Tしかなかった。通信衛星と通信可能な端末GPS装置を2千台購入、建機に取り付けた。
それだけで数億円かかった。建機はどこにある、空きは、燃料は、故障は…。
瞬時に分かった。世界初のビジネスモデル特許を出願した。注文が来たら
2秒以内に
ОKを出す。客の「工事を止めない、遅らせない」。テレビコマーシャルで知られる
「ノンストップ宣言」を実施した。破竹の勢いだった。



一昨年夏、過少資本を理由に「新潟のM&Aの効果が上がっていない。撤退せよ」と
地元メーン銀行から厳しく忠告された。ビジネスモデルは全く認められなかった。


14億円の増資を決意した。メーン行には頼まず、ビジネスモデルを高く評価した
大手リース会社などに引き受けを要請、わずか2ヶ月で完了した。これを機にグループ
全体の借入金
70億円を地元メーン行に返済、手を切り、都市銀行と新しい金融体制を
スタートさせた。


そんな重大なことを笑顔で淡々と話す。並みのスケールではない。


5年以内に関東圏に進出する。その後は中国、アジアにー。「趣味は仕事。ゴルフなんて
する暇がない」。週
1回は先頭に立ち、社内掃除をする37歳。

                             (文責・小林富久壽)