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後半に写真で綴る「その夜のひとこま」があります

12月定期講演・交歓会(平成20年)


駄菓子文化を守り、発展させる

「なつ菓子屋」社長渋谷順子氏(福島)

    「モップの涙」


子供がはねられたゾ―。悲鳴に似た絶叫が飛び込んだ。どこの子だ!?社内のタオルをかき集め、
飛び出した。横断歩道、真っ赤な血、倒れたままの幼子…。4歳のわが子だった。頭が陥没していた。
叫びながら抱き上げた。鮮血が彼女の胸に流れ込み、肌を伝って道路に血の海が出来た。
運転手の暴走だった。約
20年前の地獄絵である。


自責の念に駆られた。会社では机の下にもぐり、泣き続けた。生きる力を失った。
病は気からの例え通り、子宮がんに襲われた。
手術は成功したが気力は萎えていた。チッチャな仏様の前にひれ伏し、号泣し続けた。
「心臓が休止したらどんなにいいことか…」。慰めの言葉を誰も失っていた。
このままでは家族まで駄目になるー。


再起の決意を固めた。惨劇から1年後の
41歳だった。


50歳―。ロンドン留学に挑戦した。持参したのはチッチャなトランク1個。言葉の不安もあった。
どうしても人生に一つの区切りを付けたかった。社長である愛する夫は黙って、
送り出してくれた。世界中の、娘のような若者達と青春を紡いだ。パン1個の食事の時も。
最低限の生活に徹した。地図をたよりにドライブにも挑んだ。


帰国後、菓子問屋・渋谷レックス専務として夫を支えた。心にたまるものがあった。
駄菓子文化の行方である。売ることが下手な職人、後継者不足、先細り…。
駄菓子文化を守るー。決めたら足は速い。 留学前年に立ち上げた「なつ菓子屋」の
充実、名人職人探しに全国を奔走した。「責任を持って売ります。安心して
作って下さい」。初の販売形態だった。


どこの女だ…。疑心暗鬼の職人もいた。誠意を持って体当たりする―。
留学体験が生きた。日本中の職人が次々と手を握り返した。
販売店探しもトップセールスで開拓した。ガソリン高騰が荒れ狂った時、
運送業者に「値上がりの半分はうちで持つ」と、やる気を起こさせた。
元気のない従業員を見れば、背中をポンとたたき
「○×君、エネルギーが入ったよ」と励ます。傲慢な従業員には
「つっかえ棒でもする!」とたしなめた。


不況の嵐が吹き荒れる中、今期の決算が12月に出た。増収増益だった。翌早朝、
いつものように自宅をモップで掃除した。従業員は頑張ってくれた。
私のような者に良く付いてきてくれた。ありがとう。本当にありがたい。
モップを握りながら落涙した。


儲けるだけの社長は小学1年生と言い切る。
地域に還元すべきだ。体の不自由な子供に手を差し伸べている。
こんな便りも流れている。


夫も4年前に肝臓がんで旅立った。落胆ぶりは見るにしのびなかった。
「いつか、夫と息子に会った時、お母さんも頑張ってきたよ、
と笑顔で言えるようになりたい」。


次の目標―。気心の知れた仲間が三々五々集まる。談笑、お茶、食事、
家庭菜園も楽しむ。心の通い合う、そんな楽しい自宅を造る。


すでに走っている。愛嬌とあの度胸も携えてー。
                            (小林富久壽)

1215日(月)午後6時半☆民報ロイヤル024-533-6121
3500円(飲食交歓含む)☆日本一のふるさとを創る会事務局=タカラ印刷
(福島市渡利字絵馬平
86-9 024-526-4303)☆ 連絡員=小林富久壽(プロジェクト・えこ、
090-2606-8034  024-549-3443ファクス)林由美子(タカラ印刷、090-2607-4101
★参加者のご連絡をお待ちしています(
13日まで、同行可)