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8月定期講演会(平成19年) 文芸・芸能評論 「演歌の達人」の著者 佐藤稟一氏(福島市) 「演歌と日本人」 |
50歳を過ぎたら肉体労働に替えるー。自分に課していたそんな決まりを
52歳で実施に移した。東京・社団法人「家の光協会」で生活情報テレビ番組の
企画、広報などの仕事をしていた平成2年のことだった。職が見つからない
まま退職、故郷福島に戻った。ホテルの清掃業務に挑んだ。
大学卒、テレビ・広報などに関係した “インテリ”。「1日で辞めるのでは…」
「長くて1週間か」。周りの雑音をよそに半年も続いた。チェックアウトの
午前10時からインの午後3時までの間に廊下、部屋、風呂、トイレなど全てを
掃除する。時給560円。安い割にはハードな仕事だった。「見る見るうちにやせた。
1日5時間労働で月6、7万円。金をもらってダイエットをしていると考えもしたが
安すぎるので次に電気工事現場の交通ガードマンに転職した」
収入は東京時代の4分の1に激減した。それでも故郷の風を友とした
肉体労働の6年間は心身ともに充実していたという。面白い、裏の世界も
ウォッチした。「知人、友人らが来ると恥ずかしいと顔を隠す人もいる。
私は、逆に自分から手を振った。おかしな虚栄心、プライドを捨てれば
仕事は幾らでもある」
肉体労働で痛めつけながらも文学への情熱は燃えた。
平成13年「演歌の達人」を出版した。美空ひばり、都はるみ、瀬川瑛子ら
9人の歌手について論じた。都はるみは追っかけをするほどの熱烈なファン。
♪「つれて逃げてよ…」「ついて おいでよ…」。大ブレークした
「矢切りの渡し」について得意の歌い手論を展開する。昭和51年、
ちあきなおみの歌として誕生したがあまり話題にならなかった。7年後、
細川たかしが歌い、大ヒット。瀬川瑛子も人気を呼んだ。
「ちあきの歌はせつなさ、はかなさが漂う。同じ曲でも細川は何と
明るいことか。瀬川はエロス、愛の深み、道行きの物語を浮かび
上がらせる」と解説する。
美空ひばり映画の不当な評価に怒り、都はるみの舞台に滂沱(ぼうだ)の
涙を流す(著書より)。
先月、463nにのぼる「妄想の悦楽 屍体は詩」を発刊した。文学、
映画、音楽に探った極彩色の妄想論だ。前衛女流歌人の朗読にジョイント
してドラムもたたく68歳。
(小林富久壽)
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