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富山県大山町長選で落選した。わずか、2日後から
公約の実現に向け、走り出した。町議2期目に議員では
限界があると出馬した。「古民家を活用した富山型の
介護施設を造る」と訴えた。当選しても公約を無視する
政治家が多い中、落選者による全国でも
珍しい公約実現活動が始まった。
総事業費1800万円―。自己資金ゼロ、助成制度がなかった。
金融機関に何度も足を運んだ。「実績がない」「担保がない」…。
軒並み断られた。「担保は、野入美津恵です」とテーブルを強く
叩いたこともあった。「悔しくて、帰りの車の中で何度も泣いた」
燃える情熱と行動力は周りの人の心を動かし始めた。
時代を刻んだ築100年の民家を貸す人が現れた。
一緒にやろうというボランティア、さらに地元テレビ局を
始めマスコミ各社も注目、報道した。
一方でNPОの申請作業も行った。書類を作るためパソコンに挑んだ。
携帯さえ手にしなかったアナログ派だった。
ホームヘルパーの資格取得の勉強も行った。
睡眠は1日2−3時間、7`も減った。
お年寄り、身障者、子供が一緒に利用可能な富山型ホームにした。
自分の家との意味の「おらとこ」は県、国を動かし、
補助導入制度実現の力になった。
おらとこは、笑顔と笑いが絶えない。定員15人の手作りの家。
無表情な顔が多く目につく豪華大型老人施設とは正反対。
テレビ局が1時間のドキュメントとして放送した。
外国を含め、全国から視察者が相次ぐ。
「おらとこ」に加えデイーサービス、さらに訪問・宿泊サービスもする
小規模多機能居宅介護事業所の構想も動き出した。
貧乏、逆境には強いが情にはめっぽう弱い。よく泣き、笑い、時々怒る。
「♪ 1度、決めた〜ら、2度とは変えぬ〜」。
歌は美空ひばりの「人生一路」。夫、1男1女の53歳。

小規模多機能居宅介護事業所の「おらとこ東」は
平成19年2月にオープンした。施設に必要な看護師も採用した。
だが、心がさらに通い、目配りがもっと出来る事業所にするには
トップも資格が必要と判断、4月に看護学校に入学した。
毎日の授業。3分の1以上欠席、各科目60点以下は不合格と厳しい。
夕方に帰校後は、おらとこ、おらとこ東の仕事が待っている。
学校が休みの土日は事業所の仕事に明け暮れる。休日はゼロに近い。
机を並べるのは18歳。燃える56歳でも医学を始めとする
専門分野の修得はさすがに、きつい。スタートしたばかりの、
おらとこ東の赤字は月100万。
周囲が心配するが「何とか、なるやん」と明るく笑いとばす。
講演もこなし、元気と勇気と福祉の心を全国にプレゼントする。
地方から日本を変えると意気込む得がたい、おばさん。
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