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雨漏りのする食堂だった。18歳で働き始めた職場だ。父の店を助けた。
夢を求めて47年。全国430店舗になった。日本1のラーメン屋に輝く。
東証1部上場企業の社長だ。ラジオ局FMふくしまのトップにも先日、
就任した。花のアラ還の64歳。
次の夢は全国千店舗だ。長州(山口)薩摩(鹿児島)は必ず抑えたい。
亡き祖母に、寝物語で聴いた戊辰戦争の惨状と屈辱。会津軍戦死者の
埋葬は官軍が禁じた。野良犬が喰いちぎり、カラスがついばんだ。
死臭が町を覆った。幼児ながらに憤った。古里会津の血がたぎる。
夢は果てしない。世界制覇だ。日本式ラーメンのブームが中国で起きている。
アメリカはカップ、インスタントラーメンで日本を上回った。韓国、台湾…。
本物の味に国境はない。世界の幸楽苑を目指す。
会津の生んだ医聖・野口英世を敬う。
栄光の道のりは恥辱でスタートした。会津若松の自宅で大学浪人時代、
忙しい時だけ、店を手伝った。雨が降ると桶を持って走り回るような
オンボロな店だった。当然、来店者は少ない。8割は出前に頼っていた。
当時の店の名は「味よし食堂」だった。人手がない。散々、待たせる。
あげくの出前。「味よしなんて名前、変えろ!」。
何度、お客に怒鳴られたことか。
会津から郡山への進出。第1号は希望ヶ丘店だった。単身で乗り込み、
アパート暮らしをしながら駅前の物件を探し回った。
さらに会津の店舗経営と忙殺された。奥さんも心に決めた。
「家族と一緒でなければ夫は仕事に専念できない」。
幼い2人の子供を連れて郡山に移り住んだ。人生最大の岐路だった。
人気の幸楽苑の味の原点は、実は郡山での新しい家庭生活の中から生まれた…。
企業説明会には必ず出席、じかに学生に訴える。幸楽苑が無名のころ、
学生はほとんど見向きもしなかった。ラーメン屋…、茶化しに座った
学生たちがいた。「絶対に伸びる。将来は上場もする」。懸命に訴え、
夢を延々と語った。学生の表情が変わった、熱意、情熱に感動、
入社希望が相次いだ。
「家庭、学校でも人間教育をしなくなった。
だから幸楽苑では人間教育もする」
(小林富久壽)
★ 6月30日(水)午後6時半☆福島県庁敷地内 杉妻会館
(024-523-5161)☆3500円(飲食交歓含む)☆日本一のふるさとを創る会事務局
=タカラ印刷(福島市渡利字絵馬平86-9 024-526-4303)
☆ 連絡員=小林富久壽(プロジェクト・えこ、090-2606-8034
024-525-4069ファクス)林由美子(タカラ印刷、090-2607-4101)
☆参加者のご連絡をお待ちしています(28日まで、同行可)。
★7月の講演・交歓会 21日(火)午後6時半、杉妻会館 講師は、
大霊界で義経、信長らに突撃インタビューのユニーク本を出版した
漫画家ややまひろし氏。
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