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下のページに写真で綴る「その夜のひとこま」があります。


 9月定期講演・交歓会(平成22年)



  「あの矢祭町が日本を変える」

 

    前矢祭町長 根本良一氏

 
農水省若手キャリアを辞め、矢祭町
役場に入った高橋竜一氏













     

☆根本良一氏

03年3月14日(金)の矢祭町。日本の自治体史上、初めての出来事が起きた。多分、今後も起きないだろう。勇退を阻止する町民の町長監禁騒ぎである。

 

その日は朝から青空が広がった。根本町長はことのほか晴れやかだった。3月議会最終日、5期20年の町長生活に幕を降ろす表明の日でもあった。朝刊には「今日、引退表明」の記事が躍っていた。報道されれば町民に出馬を諦めてもらえる。そう考え引退情報を流したのだ。

 

合併しない町宣言、もったいない図書館、町議の日当制…。“元祖・地方自治改革者”と称賛された。当時65歳。さらに4年間、全力投球の自信はなかった。愛妻が大きな病気に見舞われてもいた。妻なくして根本町政はなかった。「妻の介護をしなければならない」。

 

愛妻・娘は勇退を心から喜んでくれた。母娘の仕事の関係から朝食はいつも自分で用意した。だがこの朝は、心のこもった食事が食卓を飾った。記念として久し振りにスーツも奮発された。ビシッと決め込んだ。笑顔で送り出された。徒歩で役場に向った。

 

役場では大変なことが起きていた。法被姿の消防団員、白髪の民生委員、店主、台所から駆け付けたおばさん、町会議員…。九州で事業に成功した町出身者の姿も何故か、あった。その数、約100人。町長室が占拠された。体験したこともない緊張感が支配していた。

 

「町長が辞めたら俺は法被を脱ぐ」「俺は民生委員を辞める」。引退を翻意する声が飛び交った。「辞めるなんて言わないで下さーい」。おばさんたちも涙声で次々に訴えた。“女の涙”は興奮のるつぼと化した。議会開会の午前10時前後、町長は議場に、と何度も立ち上がった。「引退しないと約束してー!」。その度に真新しいスーツを掴まれ、押しとどめられた。

 

「困った、引退は妻との約束だ」と町長が心底、困惑した。途端におばさんの何人かが動いた。間もなく、奥さんが抱きかかえられる様に連れて来られた。奥さんも眼を真っ赤にしていた。開会時間を30分も過ぎた。「とにかく議会に行かせてくれ」。町民の涙の懇願を何とか振り切った。やっと議場に足を入れた。一段と張り詰めていた。

 

4人の議員が次々に緊急質問に立った。誰もが続投を熱く訴えた。「俺のような男に、これほどの期待を…」。だが涙は絶対見せない。堪えてみせる。答弁に立った。「任期途中で倒れるかもしれないが…。行くところまで行ってみる…」。ついに涙腺が切れた。顔は涙と鼻水でグシャグシャになった。手でぬぐったが間に合わない。記念のスーツはまた汚れた。

 

バンザーイの歓声が傍聴席で沸き上がり議場を包んだ。議員も、職員も、詰めかけた町民も一体になった。議場が感涙にむせんだ。翌月の選挙は5期連続の無投票、6期連続当選を記録した。

 

町長のバトンを渡して3年。全国からの講演依頼が今でも相次ぐ。6月には名古屋市の河村市長を応援する「河村庶民革命」のパネリストとして招かれた。衆院議員時代には矢祭に訪れ、根本哲学を修得した。根本前町長は日本中、どこを訪れても必ず日帰りにする。時間がもったいない。就寝前、2時間は読書で智識の世界を散歩する。半端でない読書家の72歳。

                                (小林富久壽)

☆高橋竜一氏

農水省の若手キャリアという“勲章”を弊履(へいり)のごとく捨てた。3月に退職し、4月に矢祭町役場に入った。「農水省の全国一律行政では農業の再生は難しい。地域に合った農業を振興すべきだ。矢祭町から興し、全国に広めたい」。矢祭の改革の炎は燃え続けている。

 

岐阜県可児市の出身。東京大学の公共政策大学院から農水省に入った。昨年、鳥取県の農家で1カ月間、住み込みの農業研修を体験した。農家が行政に求めている施策、それと農水省が実施している全国一律行政の差異を強く感じた。

 

「霞ヶ関は(眼の悪い患者に)3階、4階から目薬を注しているようなものだ。酷い時は東京タワーから注すこともある。(患者を治すには)近くで接すべきだ。自分が注してもいい。一生懸けてもやってみたい。そう考えるようになった」。

 

家族は退職に猛反対をした。実家を訪れ、ひざ詰めで説得した。父は国を動かすのは霞ヶ関と信じていた。高橋さんは考えが逆だった。国が何でも出来るわけではない。地方分権は確実に進む。「国と自治体は車の両輪だ。地方から国を変えたい」。

 

父はパソコンなどで矢祭町を独自に調べた。「おもしろい町長だね。合併しない宣言など、おもしろいこともしているようだ。お前がそう思うなら、やるだけやってみろ」。今は全面的に応援してくれている。入省3年目で退職した。 

 

農水省の施策には机上の空論もあると厳しい。だが農業、地域振興のために活用出来る制度も少なくないとも強調する。「現在の制度を十分に活用しても、地方はもっとおもしろいことが出来ると思う」。

 

役場では畜産と林業を担当している。ありがとうと住民から言われることが多く、うれしいと顔をほころばす。ハンコ1つをもらうために忙しい農家を窓口に呼びつける。そんな行政の在り方に疑問も覚えた。面倒がられる書類を自分が書き、ハンコをもらうために農家を訪れた。「本当に感謝された。あー、こんな事を農家は考えているんだと分かり、悩みも聞け、勉強になった」。

 

学歴・経歴を鼻にかける事はないかー。ぶしつけな質問をわざと浴びせた。「鼻にかけるのはメガネだけです」とジョークで反論して来た。「表情はいいが役場に就職したことに反省はないか」とも聞いた。「元々、顔はいいが表情は悪い」とまた笑わせた。

 

冗談の後、真面目に続けた。矢祭町役場に入って本当によかった。毎日が楽しい。霞ヶ関時代はおもしろくなかった。先日、“古巣”の農水省に遊びに行った。生き生きしているねーと皆に言われた。「高橋さんの姿を見たら、僕もこのまま役所に残った方がいいのかどうか…」。後輩は悩んでいたという。

 

改革では全国的に有名な矢祭町。その役場でもさえも「新しいことは何も出来ない」といったムードもあるという。「これをやりましょうよ」「あれをやりましょうよ」。前向きな発言、行動を続け、5年間で、役場の雰囲気を変えたい。花の独身の29歳は爽やかな挑戦モードに突入した。

                               (小林富久壽)   
その夜のひとこま