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                      10月定期講演会(平成14年)

  土光臨調・行革審会長秘書、行革国民会議事務局長

        並 河 信 乃 氏

  「市町村合併と地方の自立」


                 並河信乃(なみかわ・しの)―。かしこそうで、気品があり、
           楚々とした美人。名前だけを聞けば、そんな連想をする人も
           少なくない。


           どっこい、“男の中の男”である。東大卒業後、
           経団連(日本経団連の前身)事務局に入局した。
           伝説的に語り継がれる土光敏夫元経団連会長の秘書に
           抜てきされた。


           土光さんは行革の鬼、財界の荒法師、無私の人などの異名を取った。
           国鉄の分割民営化、三公社の民営化など歴史的改革を実現した。
           昭和
56年からの、いわゆる土光臨調。


           
80歳を超える高齢の土光さんを、心身ともに支えた。
           抵抗勢力とは激しくわたり合った。土光改革を陰で、
           最もバックアップした一人。



                
昭和61年、経団連を退職、行革フォーラム代表に就任した。
           平成元年、拡大発展した財団法人行革国民フォーラムの事務局長に就き、
           現在に。


           この間、市民とともに地方主権全国フォーラムを各地で開催した。
           今年の青森県で7回を数え、地方主権(分権)の流れを加速させた。
           平成9年には、市民運動全国センター代表の須田春海さんと
           「市民立法機構」を設立した。


           田中秀征元経済企画庁長官は、同機構発足に当たり熱いエールを送って来た。
           「形骸化してぎりぎりの所まできている日本の立法過程に大きな風穴を開けて
           いただきたい」。


                慶応大の非常勤講師もした。一方、「実践自治(イマジン出版社)」
           編集長、地域活性化月刊誌「コロンブス」の編集主幹、さらには近く発刊の
           「日本インターネット新聞社」取締役のジャーナリストの顔も。


           経団連に残っていれば日本経団連の大幹部だった。だが世間的な名声を捨て、
           公の志を追求した。チッチャな財団の事務局長として日本列島に行革・
           構造改革のタネを蒔き続けてた。一筋に歩んで
20年ー。


           小さいが凛とした花が各地に咲き始めている。


           大自然に抱かれ、有機農業を奥さんと楽しむ
           おしどりの
61歳。

                                                           (小林富久壽)