甲状腺癌ですー。仙台市の医師から衝撃を初めて宣告されたのは10年3月上旬だった。
左に悪性が2個、右は良性が1個とのことだった。
「間違いであって欲しい」。祈るような気持ちで3月中旬、セカンドオピニオンを聞いた。
「右も悪性腫瘍の恐れもあります。そうなれば甲状腺の全摘出手術しか方法はありません。
リンパへの転移の可能性も大きい」。最初の病院より厳しかった。
目の前が真っ暗になった。手術はしたくなかった。その後の抗がん剤、放射線治療。
のたうち回るほどの呻吟を聞いている。手術を避けるために“あがいた”。気功で治せ
ないかと仙台市内の店に全部、電話を掛けた。徒労だった。手術は4月上旬に決まった。
暗い気持ちで入院の準備をしていた。その時、電話が鳴ったー。
「お母さん、手術をしないで治すところが、いわきにあるそうよ。
リラクゼーション進盟というらしいよ。
お母さん、手術は絶対にしないで。進盟に懸けてみて!」。
東京の娘からだった。
何が何でも助けたい。必死だった。心に響いた。
K子さんはすぐに受話器を取った。娘の言ういわきの川上進盟先生に直接聞いた。
「本当に治るんですか…」。
「そのようなケースでよくなったと言う方もいますよ」
やさしいアドバスに勇気づけられた。それでも半信半疑だった。
すぐに手術の延期を申し出、4月4日、高速バスで郡山の進盟に。
アスクレルーム(調圧室)に6時間びっしり入った。初体験だった。
普段着で座っているだけ。2列のイスが20人分ほどある。そこに客は向かい合って座る。
客が少ない時は、寝ころぶ人も。読書をする客、談笑する仲間、眠る人…。
その夜、体が何となくあたたかく、ほぐれる感じだった。布団に入ったら自然に眠りに就いていた。
不眠続きでだった。安定剤に頼ったこともあったのに…。本当に久しぶりの熟睡だった。
もしかしたら治る!!。K子さんは希望の小さな光を見い出した。
仙台から進盟郡山までの通いは経済的にも、時間的にも大変だ。
このため10日間、郡山のホテルを取り、毎日5時間程度集中的に入った。
6時間ずつ、3日間入室したこともあった。日帰りも何回かあった。
アスクレルームに入室した時間が約80時間になったころ、病院で検査をした。
「癌の痕が消えています」。うれしかった。でも万一の誤診もある。セカンドオピニオン
を求めた。「痕はありませんよ」。やったー。万歳をしたいほどだった。
衝撃の告知から2ケ月も経っていなかった。
田舎記者はK子さんに10年5月30日午後、郡山のアスクレルームで初めて会った。
顔色は赤みがかり、声には張りがあった。笑みがこぼれ、癌患者にはどうしても見えなかった。
癌の痕がなくなっているのだから癌患者ではないわけか?
彼女は糖尿でもあった。幾ら食べても減り続けた体重が5`近くも増加、49`に増えたと
喜んでいた。
「体温が高くなり、血圧も正常になりました。甲状腺に関しては食べ物をのみ込んだ時の、
のどにひっかかるような違和感がなくなりました。むせかえり、咳こみも少なくなりました。熟睡も出来、
生活上の不都合は全くありません。娘からの電話がなかったら今頃、手術の後の抗がん剤などで
苦しんでいたかもしれません。それを考えるとゾッとします。私の周りにも病気で苦しんでいる人は
いっぱいいます。進盟を教えて上げます」。
その日、K子さんは右膝が痛く曲がらないというT子さん(60歳代)を連れて来た。
「初めて入りました。3時間ですが膝が少し曲がるようになりました」。
T子さんは驚いた表情だった。
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