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下に写真で綴るその夜のひとこま

   5月定期講演・交歓会(平成20年)


     
昭和花き研究会長 菅家博昭氏


 「日本一のかすみ草の村と地域文化の掘り起こし」


超高齢化と過疎、豪雪地、限界集落…。奥会津の昭和村である。そんな奥山の地に
美しい花々を咲かせた。かすみ草の生産日本一。努力と汗と夢の花である。
希望の香りを漂わせている。



花の栽培を始めて24年。最初はリンドウ、オミナエシ、グラジオナスなどを作った。
次第に、かすみ草が増えていった。
95年、予想もしなかった花の病魔が直撃した。
うどんこ病だった。花の2割も捨てた。かすみ草の村は危機的状況に陥った。



県の対応は速かった。翌96年、農学部卒の優秀な若手職員を花き担当として常駐させた。
農家、村とスクラムを組んだ。うどんこ病は克服した。ノウハウを確立、その後の大被害は
なくなった。「県の指導には本当に感謝しています」。



昭和花き研究会長として先頭に立つ。03年、白一色のかすみ草からカラフルなかすみ草を
作った。白いかすみ草に色付の水を吸わせ染める。化学メーカー、大規模小売店と研究、
開発した。かすみ草は脇役から主役に躍り出ることが多くなった。



村の栽培面積32f、日本全体の1割を占める。会員28人。日本一のかすみ草の村。


           ちっちゃな親切集まって 咲いたお花が かすみ草


会津学研究会代表の顔も持つ。04年誕生した。会員15人。古老、熟年らから聞き書きを
している。対象は習慣、行事、文化など生活の全てにわたる。民俗学は研究者が
テーマについて聞く。地域学である会津学は生活者の話すがままに書きとめる。


日本で初めての“学問”。毎年、ぶ厚い1冊の本にまとめる。今年、4冊目を編集している。
「会津には、こんなことがあったのか。
100年後に、そんな評価が出ればいい。とにかく
10
年間は続けます」。淡々と語る。


ブナの原生林、イヌワシを守れー。
89年の自然を守る運動が社会的な“デビュー”だった。
賛成、反対の嵐に激しくもまれ、成長した。作詞作曲の「仲良しバンド」で奥会津を
中心にボランティア演奏を繰り広げる。


奥会津の大自然の表情、日々の生活、伝統行事と住民の顔…。
そんな風景をブログ・動画で毎日、全国に発信する。


重労働にかかわらずワーキング・プアーをチョッピリ越えるだけの年収。
だが心の豊かさ、精神は霊峰・会津磐梯山をはるかに超える。
福大に長女を学ばせる
48歳。
          
                              (小林富久壽)

                            その夜のひとこま