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すい臓癌の痕が薄くなり、体調は好調に。

手術出来ず入室約60時間。福島の肝っ玉かあさん

 

“遺書”を書き綴った。70歳の夫、2人の息子、嫁、孫、親友ら12人に及んだ。夫は脳梗塞で言語障害があり、右半身が不自由だ。夫を残して先に逝く? 不憫でたまらなかった。息子、嫁には「お父さんを頼むね」と祈るように書いた。孫たちには「おじいちゃんをやさしくしてね」と懇願した。息子が生れた時の感動、お父さんの喜びよう。赤ちゃんの身長、体重もしたためた。ペンを手にしながら眼がうるんだ。 

 

覚悟をした10年2月ごろに執筆した。前月の1月には福島県の大病院で手術・開腹、場所が悪く摘出は無理とされた。癌の大きさは17_、ステージは1、治療は放射線と抗がん剤しかないと診断されたという。

 

奥さんは、TBSで昔、放映した「肝っ玉かあさん」の京塚昌子さんに似ていた。陽気で美人で気さくな人柄。ご主人は堅い職業だったがソバ打ち素人名人としてソバ通の間では知られていた。福島県の知名人、友人、知人らを時々招き、腕をふるった。肝っ玉母さんは、主人の側でほほ笑みを絶やさず、手足となって支えた。

 

すい臓癌には、さすがに衝撃を受けた。手術も無理。体重も減ってきた。抗がん剤のティーエスワンを呑むと気持ちが悪くなった。食も細くなった。だるかった。すぐに疲れた。腰も痛んだ。抗がん剤のジェムザールは続けたがティーエスワンは止めた。

 

抗がん剤だけの延命治療。“遺書”は書いても不安は募る一方だった。そんな時、主人が知事秘書から「癌まで治る施設があるという。Kさんが詳しいよ」と教えられた。午前に電話を受けたKはその日の午後にご夫妻をリラクゼーション進盟へ案内した。初めての入室は4月30日、2時間体験した。

 

「体がホカホカしました。本当に気持ちがよかった。体が軽くなった気がしました。治るんじゃないかと思いました」。肝っ玉かあさんは振り返える。

 

以来、ご夫妻は週3回程度、1回2時間前後、進盟ルーム(アスクレルーム)に通っている。合計60時間程度、入室した時、検査を受けた。すい臓癌の痕は依然のCTに比べ、はるかに薄くなったという。食欲、睡眠、疲れ、痛み、顔色、ほとんど問題なし。肝っ玉かあさんが脳梗塞の主人を介護しているー。進盟の客らはそう思っているが実際は逆だ。

 

右半身が不自由な主人は右ひざが曲がらなかった。奥さんと一緒に同室しているうちに少し曲がるようになったと喜んでいる。

 

「間違いなく私はよくなっています。生活上は問題がなくなりました。完全な治癒を目指して主人と一緒に頑張ります」。福島の肝っ玉かあさんは張りのある声で語った。        

10年7月20日)