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年間80回にも及んだ。福島県内での金融・経済の講演会である。
行政、商工団体、名もない、小さな集まり…。どんな山奥でも、
荒天でも、豪雪の地にも足を入れた。講演の後の膝突き合わせての一杯の酒。
本音を次々にぶつけられた。
「講師として教えたのではありません。逆に多くのことを本当に教えられました。
現場、第一線にこそ大切なものがあります。新しい事実をいっぱい発見しました」。
中央省庁の机上プランとは逆の現場主義で走った。
日銀総裁の村上ファンドへの資金拠出が騒がれた頃。
福島市のある講演会で厳しい質問が飛んだ。
会場は凍りついた。何と答える!?マスコミもいた。
誠実に本心を語った。信頼と期待の表情が広がった。
福島県は「全国1の所得増加」「企業立地、増加全国2」
「モノ作り東北1。宮城も圧倒」。県民さえ知らない、
そんな事実を地方紙に次々と書いた。週1回の「日銀支店長の経済教室」。
地方経済の問題も指摘、処方箋も提案した。
自信とやる気を読者に与えた。平成20年2月、「がんばっぺ!福島県」が出版された。
朝日新聞の星浩編集委員はコラムで「日銀マンとして中央と地方との
橋渡しに汗をかいている」と高く評価した。県市町村職員、リーダーは必読の書。
福島県が面白く読める。印税は全部、県社福協に寄付。
使用不能の札の裁断クズで小さな植木鉢を作った。
本県が生んだ医聖・野口英世の胸像も作り、ロビーに展示している。
本店国際局参事役に4月21日付で発令された。ベトナム中央銀行の
上席顧問としてベトナムに赴任する。グローバル化の荒波で勝ち残る金融・経済のあり方に、
ベトナム人とともに挑む。
「第2のふるさと福島 さよなら講演と送別の宴」―。
2日前の連絡にもかかわらず30―60代の普通の市民、30人以上が駆けつけた。
挨拶まわりなどもあり、重い疲労の中、講演は1時間半にわたった。
出席者10人前後の名前を挙げ、その人との想い出も振り返った。
人間関係の濃さに感嘆の表情が会場を覆った。
福島の自信、誇り、資質を熱く、懸命に訴えた。
「第2の故郷ではありません。故郷です」とも言い切った。
女性の何人かの目が潤んでいた。
福島県、社会のために大きな業績を残したー。
そんな理由で市民グループ「日本一のふるさとを創る会」
から特別の感謝状を受ける48歳。 (小林富久壽)
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