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写真で綴る「その夜のひとこま」が下方にあります。

第2のふるさと福島 さよなら講演(平成20年4月)


          日本銀行福島支店長 鉢村 健氏


       「がんばっぺ! 福島県」


年間80回にも及んだ。福島県内での金融・経済の講演会である。
行政、商工団体、名もない、小さな集まり…。どんな山奥でも、
荒天でも、豪雪の地にも足を入れた。講演の後の膝突き合わせての一杯の酒。
本音を次々にぶつけられた。


「講師として教えたのではありません。逆に多くのことを本当に教えられました。
現場、第一線にこそ大切なものがあります。新しい事実をいっぱい発見しました」。


中央省庁の机上プランとは逆の現場主義で走った。


日銀総裁の村上ファンドへの資金拠出が騒がれた頃。
福島市のある講演会で厳しい質問が飛んだ。
会場は凍りついた。何と答える!?マスコミもいた。
誠実に本心を語った。信頼と期待の表情が広がった。


福島県は「全国1の所得増加」「企業立地、増加全国2」
「モノ作り東北1。宮城も圧倒」。県民さえ知らない、
そんな事実を地方紙に次々と書いた。週1回の「日銀支店長の経済教室」。
地方経済の問題も指摘、処方箋も提案した。



自信とやる気を読者に与えた。平成20年2月、「がんばっぺ!福島県」が出版された。
朝日新聞の星浩編集委員はコラムで「日銀マンとして中央と地方との
橋渡しに汗をかいている」と高く評価した。県市町村職員、リーダーは必読の書。
福島県が面白く読める。印税は全部、県社福協に寄付。


使用不能の札の裁断クズで小さな植木鉢を作った。
本県が生んだ医聖・野口英世の胸像も作り、ロビーに展示している。



本店国際局参事役に421日付で発令された。ベトナム中央銀行の
上席顧問としてベトナムに赴任する。グローバル化の荒波で勝ち残る金融・経済のあり方に、
ベトナム人とともに挑む。



「第2のふるさと福島 さよなら講演と送別の宴」―。
2日前の連絡にもかかわらず3060代の普通の市民、30人以上が駆けつけた。
挨拶まわりなどもあり、重い疲労の中、講演は
1時間半にわたった。
出席者
10人前後の名前を挙げ、その人との想い出も振り返った。
人間関係の濃さに感嘆の表情が会場を覆った。


福島の自信、誇り、資質を熱く、懸命に訴えた。
「第2の故郷ではありません。故郷です」とも言い切った。
女性の何人かの目が潤んでいた。 



福島県、社会のために大きな業績を残したー。


そんな理由で市民グループ「日本一のふるさとを創る会」
から特別の感謝状を受ける
48歳。      (小林富久壽) 


その夜のひとこま