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7月定期講演会 (平成15年) 介護・福祉事業で走る ハッピーケア社長 福田順一氏 「逆境を乗り越え 夢を追う」 |
難病の長男、福田さん夫妻の3人で無理心中しようと思った。
だが1人残す長女が不憫でならず、思いとどまった。
長男が1歳、長女は8歳の時だった。
長男真宏君は昭和59年に生まれた。おぎゃーの泣き声を上げなかった。
病名を医師に告げられた時、目の前が真っ暗になった。でも誤診かもしれない。
病院巡りが始まった。県内外の大病院を訪れた。拝み屋も訪ねた。
新興宗教には10年近くも通った。
入社した地元銀行でトップを走った。62年、長男のに下に、
いつでも、自由に行けるようにと会社を創立した。
介護用品の販売・レンタルの「ハッピーケア」である。
やりがいがあった。
お年寄り、身障者に製品を届けると、全身で喜び、感謝された。
わずか1900円の杖を4時間かけて会津田島町のお年寄りに届けたこともあった。
杖の高さを調整、帰ろうとした。
「美味しい即席ラーメンがある。大事にしまって置いた。食べて行って」。
賞味期限はとっくに過ぎていた。幸い、お腹は大丈夫だった。
深夜でもベッドや紙おむつを届けた。
泣いて喜ばれたこともあった。
4坪の本社、3人でスタートした。従業員は46人に増え、
売り上げは8億円になった。県内トップクラスの実績を誇る。
いつも胸ポケットに「宝物」を持っている。
27歳の長女が19歳の時、弟に出した“手紙”だ。
要約するー。「弟を病院に連れて行き、帰るといつも母が泣いていた。
懸命に慰める父。もしかしたら大変な病気? 勇気を出して聞いた。
「違うよ」との返事を祈った。
だが難病の事実を初めて知らされた。
激しい発作に襲われるチッチャな、まー君(真宏君)。
代わってあげたい、と必死に願った。
弟を大切にする。そして弟のような障害者、患者を助ける、
と泣きながら何度も誓った。
今、弟は私より背が大きくなり、かっこいい男の子になった。
でも現在も寝たきりで、話せない。鼻からのチューブで流動食を取る。
しかし、いつも笑顔だ。幸せと感じているからだ、と思う。
今の幸せが、いつまでも続くように! そして障害を持つ人たちが
気持ちよく暮らせるように頑張る。それが私と家族の夢であり、
まー君の望みと思う。
介護福祉士として、姉として、この夢をいつまでも大切にして生きたい。
世界一、幸せな姉より」
真宏君の将来を考えると、やはり悩む。複雑な人間関係、競争の激しい仕事。
ストレスで落ち込むこともある。そんな時、宝物を静かに読む。
そして、また奮い立ち、燃える。
宝物は、数知れず取り出し、読み返した。
このため折り目がよれよれになっている。56歳。
(小林富久壽)
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