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刀を作る薄暗い仕事場。鞴(ふいご)が激しく息づく。炎が真っ赤に怒る。
灼熱の鋼(はがね)を取り出す。間髪を入れず大槌を振り下ろした。
激しい金属音が炸裂した。
「もっと強く打て!」
藤安さんが弟子に怒号を飛ばした。真剣勝負だった。
人間国宝・宮入行平さん(長野)の門を叩いたのは19歳だった。
会社を2ヶ月で辞め、退路を断った。
国宝といっても台所は、不安定だった。預金通帳と印鑑を出し
「これを食費の足しにし、なくなるまで置いてもらえませんか」と頼んだ
こともあった。だが、宮入さんは、首を横に振った。断れわれ
続けて1年近くたったころだろうか。
「いいかげんに諦め、田舎に帰れ」と宮入さん。小柄の藤安さんは、
刀鍛冶が無理と見られていた。だが、その時の奥さんの一言が
人生を変えた。「私の手伝いをさせるから、置いてちょうだい」
藤安さんの一途な想いが奥さんの助け舟を誘った。
修業は、奥さんの家事と雑事の手伝いから始まった。
あの日から約36年。日本美術刀剣保存協会賞をはじめ刀に関する
多くの賞を獲得した。宮入の息子も弟子として鍛え上げた。
名刀はどんなに見ても飽きない、という。
国宝・短刀「日向正宗」は、10年に1度公開される。
会場で一日中、熟視した。次の日も‥。手が汗ばみ、
息苦しさを感じたこともあった。
刀は命である、と熱く語る。
仕事場は福島の郊外、立子山にある。黒足袋に和服の作業着、
ひげいっぱいの顔。怖い…。
だが、一歩、外に出る。まなざしと表情が変わる。
春の陽射しのように柔和になった。
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