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           11月定期講演会(平成13年)

           日本刀作りに命を燃やす藤安将平氏

          「刀と私」


               刀を作る薄暗い仕事場。鞴(ふいご)が激しく息づく。炎が真っ赤に怒る。
           灼熱の鋼(はがね)を取り出す。間髪を入れず大槌を振り下ろした。
           激しい金属音が炸裂した。


           「もっと強く打て!」
           藤安さんが弟子に怒号を飛ばした。真剣勝負だった。


              人間国宝・宮入行平さん(長野)の門を叩いたのは19歳だった。
  
           会社を2ヶ月で辞め、退路を断った。


          国宝といっても台所は、不安定だった。
預金通帳と印鑑を出し
         「これを食費の足しにし、なくなるまで置いてもらえ
ませんか」と頼んだ
         こともあった。だが、宮入さんは、首を横に振った。断
れわれ
         続けて1年近くたったころだろうか。


         「いいかげんに諦め、田舎に帰れ」
と宮入さん。小柄の藤安さんは、
         刀鍛冶が無理と見られていた。だ
が、その時の奥さんの一言が
         人生を変えた。「私の手伝いをさせるから、置い
てちょうだい」
         藤安さんの一途な想いが奥さんの助け舟を誘った。

         
         修業は、奥さんの家事と雑事の手伝いから始まった。


         あの日から約36年。日本美術刀剣保存協会賞をはじめ刀に関する
         多くの賞を獲得した。宮入の息子も弟子として鍛え上げた。
         名刀はどんなに見て
も飽きない、という。


         国宝・短刀「日向正宗」は、10年に1度公開される。

              会場で一日中、熟視した。次の日も‥。手が汗ばみ、
         息苦しさを感じたこともあった。


         刀は命である、と熱く語る。


         仕事場は福島の郊外、立子山にある。黒足袋に和服の作業着、
         ひげいっぱ
いの顔。怖い…。


         だが、一歩、外に出る。まなざしと表情が変わる。
         春の陽射しのように柔和になった。