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「今度こそは駄目か」。青年は生命の危機に何度も遭遇した。
国際的カーラリー。山の道から転落した…。壁に激突した…。
奇跡的に助かった。何度も優勝した。「東北に浅倉あり」。
業界で全国に勇名を轟かせた。国際B級ライセンス所持者でもある。
ラリーで全国を回っている時、新しい動きを発見した。
関東、関西には郊外に大型店が相次いで建っている。「福島でも」と
26歳でホームセンターのダイユーエイトを創業した。昭和51年の
ことだった。20歳のモータースポーツ店に次ぎ2度目の起業。
先見の明と勇気、決断力。並外れていた。
7人で始めた。世の中、甘くはなかった。「倒産か夜逃げか」。
支払日が近づくと真剣に悩んだ。社員は辞める人が多い。付いても来ない。
食べるのがやっと。最初の子供は23歳の時、2人目は30歳。
「生活が苦しく、7年間2人目を作れなかった」と苦闘時代を振り返る。
必死に働いたが暗いトンネルは長く続いた。
東証に株式を上場、事業を発展させる。方針を決めたのは平成7年だった。
大きな目標に社員は一丸となり、燃えた。業績は大きく成長、
2部に上場しようとした平成12年、バブルが崩壊した。「上場は延期しよう」
との声が証券会社の主幹事社からも出た。
「絶対、上場する。大手ホームセンターは進出を必ず控える。
逆に今が大きなチャンスだ」。一歩も引かず、先頭に立った。
バブル崩壊後の同年に2部上場をはたし、デフレ時に急発展した。
福島、宮城、山形、新潟、栃木5県で45店、従業員約300人、
売上237億円の県内大手に躍進した。
福島県政と経済界は昨年、醜態を全国にさらした。
前知事は県政汚職事件で収賄容疑で逮捕・起訴され、公判中。
福島商工会議所は会頭が2代にわたり、検挙された。
大混乱の経済界に懇願され急きょ、会頭に就任。任務を終え、
わずか1年でさわやかに勇退、バトンを後任につないだ。
月2回、社員を対象に経営塾の塾長として教育・訓練している。
社長直々の指導で15年に及ぶ。「従業員は社会からの預かりもの。
育てるのが義務」「社員が辞めるのは経営者の責任」
「大事なのは社会が良くなること」
次の目標は東証1部への上場。「出来るだけ早く」と冷静な中に
たぎる情熱。100店舗構想を視野に挑戦を続ける。経営哲学、
生き方に惹かれ、民間・行政・マスコミが浅倉さんを囲んで
定期的に勉強会を開く。
感動経営を説く57歳。 (文責・小林富久壽)
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