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(写真で綴るその夜のひとこまが後半にあります)
(講演の感想も掲載しました)

    2月定期講演・交歓会(平成20年)

  福島民友新聞社記者 藍原寛子氏

「アメリカ留学を体験して〜フルブライター・レポート」


チャレンジ精神、行動力はハンパでない。新しい道を次々に切り拓いた。女性、優秀、目立つ。
バッシング、男の嫉妬の渦…。それを乗り越えて来た。「民友に藍原あり」。
記事を読んでみたい。そんな読者も増えた。



平成17年に休職。フルブライト留学生として臓器移植を研究した。米フロリダ州マイアミ大
ジャクソン記念病院―。地方紙記者の留学はこれまで全国で数人。


 留学中―。熟睡中の午前2時ごろ、電話が激しく鳴る。飛び起きる。「ヒロコ!これから移植の
 手術だ。来ないか」。早口の英語、アメリカ人医師。ハンドルを握る。深夜のハイウエー。
 猛スピードで走る。


完全防菌の研究者姿に。「この血管は何ですか」「動脈だ!」「この臓器は?」
「腎臓に決まっているだろう」。最初のころ、こんな会話も手術室で交わされた。
考えられないほどのオープン。手術医、患者の息遣いが分かる近さで取材した。
世界トップレベルの移植研究に
10ヶ月。人生最高の、刺激的で貴重な研究だった。


帰国直後の18年から連載を開始した。「いのち出会うとき」「臓器移植はいま」のテーマ。
1部は「赤ちゃんを救え」。続いて「ドナーと家族」「移植医療の現場」
そして4部の「臓器獲得機関
OPO」と55回を数えた。日米を軸に臓器移植の
最先端を追った大型連載。大反響を呼んだ。医学ジャーナリストとして高い評価を
呼んだ。


得意の英語を駆使、昨年1月から南カリフォルニア福島県人会の創立百周年の移民史
「波涛の向こうに」を長期連載した。初の女性移民・会津のおけいが眠る墓の保存運動も
展開した。州政府が自然公園として運営することをこのほど内定。
「藍原さんの活躍なくして公園化は実現しなかった…」。会津美里町の
エッセイスト大石邦子さんに言わしめた。米国最大の日系紙「羅府新報」に
同時連載された。


東大の医療政策人材養成講座で週1回、研究している。その前は医療倫理を学んだ。
留学から東大の研究まで全て自発的意思と自分の金で挑戦している。社命ではない。
「未知の世界を知ることは楽しいではないですか。記者は事実を伝えるのが仕事です。
大したことはしていません。あまり書かないで欲しい」。



目標は、記者最高の栄誉・日本新聞協会賞の受賞? 目が離せない。

                                (小林富久壽)


講演を聴いての感想

本当に面白く、勉強になりました。公開が当然、そんな雰囲気が
移植の手術室に漂っていました。真剣な表情で手術に取り組む
医師らスタッフ。すぐ後ろの踏み台から写真を撮る記者。
別の医師らは側に座りながら手術について議論をしています。

信じられないほどのオープンさです。藍原記者の研究・取材の内容が
プロジェクターから次々に映し出されました。会場からは感嘆、驚き、羨望の
ため息、感想が聞こえました。

患者のカルテは患者の物。故に退院の時は全部、持ち帰る。日本では
考えられないことです。

いい記者が誕生したのもです。貪欲な取材意欲に驚愕します。

福島県内の医療、福祉、移民は福島民友の藍原記者。そんな評価を聞く
ことがあります。優秀な記者が出ると周りの記者も刺激を受け、報道の
レベルアップにつながります。社会のために絶対に好ましいことです。

弊会では心づくしの謝礼を差し上げました。
その謝礼は福祉団体に届けられたー。
そんなうわさを耳にしました。確認はしていませんが。

爽やかな福島の春一番でした。


                       その夜のひとこま