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7月定期講演会(平成
16年)

  平成の花咲爺さん

桃源郷”「花見山公園」を

 発展させた阿部一郎さん

    (福島)


 「父子で造った癒しの里」   

                             

   

        「福島に桃源郷あり」−。写真家の故、秋山庄太郎さんは
         年に
3回も訪れるほどの惚れ込みようだった。個展などで紹介、
         全国に急速に広まった。春には、桜、梅、ボケ、桃などで百花繚乱。
         花見山公園を中心にほかの花農家も増え、里一帯に甘い香りが漂う。


         武力攻撃、テロ、武力攻撃の“憎しみの連鎖”とは反対の

        “美・善・愛の連鎖”にー。父、故伊勢次郎さんとともに山を開墾、
         一本、一本、花木を植える地道な歩みを始めて約
70年。
         全国的な花の名所にまで育て上げた。



         養蚕業を営んでいた祖父が戦前、事業に失敗、家屋と土地の
         全財産が人手に渡る苦境に陥った。伊勢次郎さんは少しずつ
         土地を買い戻し、花の栽培で生きることを決意した。


         戦時下は、麦、豆、芋などを作り、供出しなければならならなかった。
         畑で花を作れば
“非国民”扱いされた。山を拓くしかなかった。


         小学生のころから家業を手伝っていた一郎さんは、中国から復員後、
         花栽培に人生をかけた。真冬でもシャツ
1枚で山の切り拓きに挑んだ。
         トウグワで木の根を少しずつ掘り起こした。手は豆だらけ、
         額から汗がしたたり落ちた。



         山肌に花が咲き始め、見せて欲しいとの要望が相次いだ。昭和35年、
         父と一郎さんは、無料で開放した。ただどころか、その後、
         見学者用に
500万円もかけトイレを造った。そのほか東屋、灯ろう、展望台…。
         少しでも楽しみ、癒してもらおうと、全て自己資金だった。


         春のシーズンは一帯周辺が交通規制され、
         福島駅からシャトルバスが出る。
         全国からのリピーターも多く、大変な賑わいを見せる。



             太陽が昇ると起き、沈むと家に戻る。
         毎日が農作業、山坂をスタスタと登る。
         3代目の一夫さんと同じ力仕事もする。


         「悩みがあっても山で仕事をすれば直る」
         「休むのは家より山の中の方がいい」
         「入園料を取るなんて考えたこともない。
         多くの人に感謝され、喜んでいただける。その無形の財産をいっぱい
         貰っているからだ」。


             伊勢次郎さんに次いで2代目の“花咲爺さん”と敬愛される。
         自然とともに歩んだ人生は今も“満開”。
         90歳までは働く、と自信あり気。

         時々、講演の声が掛かる。 みんゆう県民大賞受賞の84歳。

         
         2年10ヶ月後の阿部さん

          
講演から3年近く経ち、平成19年で87歳になりました。
          上の写真をご覧下さい。とにかく、お若い。山仕事、力仕事は
          今まで通り。長男の一夫さんと一緒に働いています。
          食べ物に好き嫌いはありません。「8時間は眠る。年を取ったら
          眠る時間が長くなった」と笑います。

          
          無料開放どころか、自腹を切っての観光客サービスは
          相変わらず続いています。このシーズンは、100本の傘と
          50本の杖を購入した。両方とも相当、少なくなりましたが…。


          これとは別に栃木県の山本正作さんから、竹に焼きを入れた素敵な杖が
          100本も贈られてきました。「昨年、杖を借り、本当に
          うれしかった。皆さんに使っていただいて下さい」と
          ありました。高く売れそうなほどよく出来ていました。



          観光客が今年、書いた感想、印象などがあります。
          長くなりますが、一部を紹介します。


          「日本に、こんな美しい花の名所があったことに感激しました。
           介護に疲れきっていた私の、良いストレス解消になりました。
           ここまで作り上げたご主人様達に心から感謝致します。
           ただ無料というのが申し訳なく思います。カンパ箱などが
           あれば…

           お水を使わせていただきました。すみません。
                              東京 高橋百合子」


          「この幸せを、世の中の人のために、分けてあげたく思います。
           募金箱がほしいと思います」(書き人知らず))


          「とても 美しく 嬉しく思いました
           明日から また元気に 生きて いかれます
           ありがとうございました      宇都宮市 H・H」


          「花見山 恩ある人の 手をとりて
           歩く うれしさ 香る風」(詠み人知らず)


          「父母が来た 道たどりし今 花見山

           大変感動しました。ありがとうございました。 
                         浪江町 佐藤」