菅野 義孝
(かんの よしたか)


'72年1月18日生 岩手県出身 山羊座 A型
'92年に上京、潮先郁男氏に師事し、ジャズギターの基礎を学ぶ。
'98年 「ジャズ新鮮組」(King Records)でプロデビュー。
'03年 初リーダーアルバム「Introducing Yoshitaka Kanno」(What's New Records)発表。
'05年 2ndアルバム「MOVEMENT」(What's New Records)では、ニューヨークにてメルビン・ライン氏(オルガン)、グラディ・テイト氏(ドラム)と共演し好評を得る。
現在自己のグループで活動中。

【好きな食べ物】
さば味噌、鰹のタタキ、ホカホカご飯、
味噌汁、そして、野菜炒め。
あ、大事なの忘れた。
Single Malt Whisky

1972年1月18日、岩手県・東和町に生まれる。

幼少時代は、覚えてないけど、5歳くらいで22インチの自転車に乗っていた!? 小学生になっても、相変らず自転車小僧。近所の「ライダー訓練所」で友人のライ ダー達と共に腕を磨いた。3年生の時に、学校で「自転車合格証」の実技テストが あった。八の字や、ふらふらせずにまっすぐ走るテストや、なんか色々あったけど、 ずば抜けた平衡感覚で見事満点クリア。本当は全部ウイリーでいけたんだけど、きっ と先生は解ってくれないんだろうな。

高学年にもなると腕前も相当なもので、ママチャリで階段を下ったり、手放しで学校 から家に帰ったり(4kmくらい)、自分の背丈以上あるドブにチャリごと落っこちた り、手の付けようがない。田んぼのあぜ道を走らせたら右に出るものはいなかった。 そして、雪道も得意!ミッドシップの我が愛車は、どんな過酷な走りにも、しなやか に応えてくれた。素晴らしい!オレンジ色のママチャリさ!

中学になると、今度はゼロハンライダー。オフロードっぽい原チャリ(もちろんギア つき)で田んぼのあぜ道や山の中を乗り回した。
あげくの果てに、今度は家の車を乗り回し始めた。ウチは農家で庭が広い。車庫入れ にハマった。この時期にすでに車両感覚を掴んでしまい、後に自動車教習所で、1時間目から抜群の車両感覚を披露して、教官に怒られた。

中学1年生の時に、初めて音楽に興味を示す。
4歳上の兄が弾いていたフォークギターでイタズラしだしたのだ。端っこの一番細い 弦で、例の「禁じられた遊び」のメロディーを探っていた。いわゆる「耳コピ」です ね。兄貴にバレないようにしていたので練習不足だったな。でも絶対バレていないは ずさ!ふっふっふっ そのうち、どうしても自分のギターが欲しくなり、中2の時、お年玉貯めてギター 買った!!って言うか、半分くらい親に出してもらったんだろうな。感謝!ありがと う。
とにかくめちゃくちゃ練習していたと思う。そして僕の生活からテレビが消えた。

僕がギターを始めたきっかけは、兄の影響です。兄貴がハマっていた(?)サイモン&ガーファンクル。 「ボクサー」とか「四月になれば彼女は」とか、曲いっぱい覚えた。そして、ムチャクチャな英語で 歌ったり。楽しかったぁ。1年間くらいS&Gにハマり、その後、カシオペアと渡辺香津美さんにハ マった。これも兄の影響。今考えると真似ばっかりですね。

僕の性格の1つに、「1つの事にハマったら納得がいくまでやり抜く」というのがあります。そして 、「熱しやすく冷めにくい」もある。子供の頃、知合いのおじさんにもらった「ブラックジャック」 の単行本1冊を5年間(?)読み続けた記録があります。何度も何度も繰返し読んで、同じところで笑っ て、泣いて。何年経っても全然飽きない。今もあるのかなぁ?懐かしいな。こういう性格のため、ギ ター練習しまくった。他の事にはほとんど関心が無かったと思う。好きな音楽にしても、他にもいい 音楽が沢山あるはずなのに、ずいぶん損したなー、という気もするけど、こういう性格だから仕方な いですね。

ジャズを好きになったのは18歳頃です。当時、一関に「鹿鳴館」という喫茶店があって、そこのマ スター千田さんの影響です。僕の歴史の重要人物の1人である千田さんは、もともとはベーシストで 、その昔、東京で活躍していたそうです。この人に出会わなかったら僕はジャズを好きにならなかっ たかも知れないと思えるほどです。ドライブに連れて行ってもらったり、スキーに連れて行ってもら ったり、楽しい思い出がたくさんあります。こうした時間の中でさりげなくジャズを教えてくれまし た。まんまと興味を示した僕に、千田さんも嬉しかったのか、ブルースのコード進行やアドリブの事 、いろいろ話してくれました。そして、僕の生涯のアイドル:グラント・グリーンのレコードを聴か せてくれました。

千田さんの知合いで、宮城県にすごいギタリストがいる!と教えてくれた。この人こそ重要人物その 2、後にズルズルの関係にまで発展する鈴木勇次さんです。多くは語らないが、核心を突いてくる。僕のライブ録音のテープを聴いてもらって、「ビート」や「音符の長さ」を4時間くらい語り合った。長距離電話で。「んー、言葉で上手く説明できないんだけど、音符ってさ、んー、もっと長いんだよな・・・」数年間言われ続けた。とにかく親身になってアドバイスしてくれました。そして、僕の歴史の最重要人物であるギタリスト潮先郁男先生を紹介してくれたのも勇次さんなのです。

テナーサックスプレーヤーの松本英彦さんに愛された潮先先生のプレイ・人柄は、控えめで、カウントベイシーやフレディーグリーンに会ったことはないけど、僕にとっては同じような存在のように感じます。リズムプレイ、アドリブ、全てがスウィングします。 ギターだけではなく、人生においても素晴らしい先生です。音楽、人生、全てにおいて大きな影響を受けました。僕は心から先生を尊敬しています。 こういう出会いって素晴らしいですね。