加波山の概要と自由民権運動の歴史ある「加波山事件」の記述

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加波山の概要
「加波山」は筑波山と共に関東平野の中央に聳える希な霊峰です。山頂には加波山神社があり、この他村社や摂社など多くの神社群が加波山中にはあります。
標高は709Mで、茨城県の石岡市(旧八郷町)と桜川市(旧真壁町)の真ん中に位置します。その9合目あたりから巨石や磐座が夥しく出現し、何か巨大な力で、恣意的に割られた巨石を多く見かけるという話もあります。
加波山は「樺山」、「蒲山」、「加葉山」とも呼ばれ、筑波山とともに古くからの信仰登山の山として知られ、定説では、「神場山」、「神庭山」、「神母山」とも記されていました。そんな加波山には、様々な信仰と民話が語り継がれており、「天狗」が住んでいたと言われています。国学者、平田篤胤は江戸時代に仙童寅吉の助けを借りて、天狗の研究に情熱を注ぎましたが、平田篤胤によれば、筑波山塊には十三天狗が、この加波山には何と四十八天狗がいたと伝えています。霊力では加波山は関東随一の場所と言えます。
現在では、この「加波山」からは、良質な御影石(花崗岩)が多く産出されるため、真壁町を中心に石材業が地場産業として発達してきました。お正月や七五三、節句などの行事には、地域住民・観光客で賑わい、山登りを楽しむ方にもハイキングコースとして、大変人気があります。
また、「加波山」として有名な話の一つに、あの激動の時代であった明治17年の「加波山事件」があります。

加波山事件
「加波山事件」は、自由民権運動の激化した明治17年の秋に起きた事件です。
世襲が「自由民権運動」で高まり、「藩閥専制政府の打倒」と「福島県令三島通庸(つうよう)」の強権政治に抗しようとした「秩父事件」、「福島事件」と連鎖する事件で、栃木県令を兼ねることになった三島通庸が、栃木県でも福島県と同様に自由党を弾圧すると共に、不況下の農民に労役を課して道路を建設しようとしたところが発端とされています。自由党左派16名(茨城県人3名、福島県人11名、栃木県人1名、愛知県人1名、平均年齢約24歳)は、 宇都宮の新県庁舎落成式の日に三島通庸らの暗殺を企て、河野広体(広中の甥)らは、資金調達のために質屋を襲ったが失敗し、警察から追跡されることになったのです。そんな中、暗殺用の爆弾を製造中に爆発を起こし、大怪我をしました。そこで、警察は警戒を強め、落成式は延期となり、彼らは、加波山山頂の加波山神社を本陣として、檄文を発し、さらに、真壁町の町屋分署を爆発弾で襲う計画を立てたが、警察の包囲が厳しくすべて捕らえられました。これを契機に茨城県下の自由民権運動は終わりを告げたのです。

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