久之浜町近隣マップ
| 経緯 |
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| 面積 | 52.38ku(市域面積の約4.3%) 市の面積 1231.13ku |
| 人口と世帯 (平成17年4月1日現在) |
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| 産業 | 農林水産業と商工業が主な産業で、いずれの産業も衰微。特に農林水産業の第一次産業は著しい減少を示し、第二次・第三次産業への就業移行が顕著である。 |
各地の紹介
[波立海岸(はったちかいがん)] 【潮汐表】
県の天然記念物「波立の樹叢」を背に、海に突き出た鰐ヶ淵伝説の岩礁「弁天島」との間に小粒の玉砂利でぎっしりの海岸。季節風の強い冬の間には、玉砂利の流失が激しく、波が落ち着くと再び海岸に戻ってくる繰り返しの自然美。
その玉砂利を持ち帰ると「薬師如来の威光にふれ眼病を患う」という言い伝えもある。
元旦の初日の出・初夏の浜えんどうの絨毯・真夏の海水浴。四季折々に時間の経過で少しずつ表情が変わる。
[医王山 波立寺(はりゅうじ)]
806年、徳一大師によって開創され、立った姿で海中より出現されたという薬師如来像を本尊としている。三代将軍・家光公より御朱印を賜り、国土安泰・万民豊栄の祈願道場とされ、平城主内藤候の帰代も得ていた。
また、金属製が多い縣仏の中で、市文化財指定の漆塗り木造薬師如来像は大変珍しい。
元旦の祈寿会、いわき夏まつりのトップを切っての祭礼。そして、悲恋の大蛇伝説もあり、寺の周り一面色変わる紫陽花寺の別名も納得。
[僧西行の歌碑]
この一帯が古奴美(こぬみ)の浜と言われていた頃、平安末期の歌人西行が陸奥を旅したときこの地に立ち寄り、「陸奥(みちのく)の古奴美(こぬみ)の浜に一夜(いちや)寝(ね)て、明日や拝まむ波立の寺」と詠まれた。もしかしたら、西行に憧れていた「奥の細道」の作者松尾芭蕉は、この句、この地を知っていただろうか?
[久之浜港]
いわき市の最北端に位置し、昭和32年激浪による船舶被害が多いため、運輸省所管の避難地として指定を受けた避難港。また、近海・沿岸漁業が盛んで、いわきでも有数の水揚げ高を誇り、常磐沖の魚として首都圏方面へ出荷され、久之浜ブランドを定着させている。
[いわき市海竜の里センター]
昭和43年当時、高校生(鈴木 直君)が大久川の川岸からクビナガリュウの化石を発見し、フタバスズキリュウと命名。市がふるさと創生事業の一環として産出地の近くに「海竜の里センター」を建設した。センターには、ひと際目を引くブラキオザウルスの滑り台や、観覧車などの遊具が設置されているほか、様々な化石の展示室もあって家族揃って楽しむ事ができます。
太古の広場で、はるかな昔を回想して、思いっきり昔と今を遊んでみてはいかがでしょう。
[いわき市アンモナイトセンター]
日本で初めて化石産出地上部に直接建物で覆い、産出状況をそのまま生で見学できる施設として市指定天然記念物に指定されている。また、実際に化石の発掘の体験ができる為、市内外からの親子連れで賑わっている。
「見る・聞く・体験する」のスリーゾーンを体感し、太古の世界の感動に直接ふれてみよう。
[筒木原不動堂]
745年、行基大僧正が叙災・招福の二体不動明王を本尊として浄土寺に開眼。600年後、そのうちの一体が悪病平定祈願のため現在地に鎮座されているという。大久川清流のしぶき舞う不動滝・御堂を守るしだれ桜・その下で夏まつり最後をかざる盆踊り。
悠久の時の流れにしばし身をゆだねたい周辺である。

大久川上流にあり、筒木原不動尊から10数キロメートルにわたる渓谷。
市内を走る常磐線で唯一海を見続けることができるのは、久之浜〜末続間。末続駅は利用者の減少により無人駅となっているが、明治31年に誕生し、その記念にやま桜が植えられ、春には見る者の目を楽しませている。