常将神社(山子田)
由緒・祭神
祭神は千葉常将(桓武平氏系統の武将)。明治になって、祭神を9柱追加合併。
千葉常将は子供がいなかったので、船尾山等覚院柳沢寺の観世音に祈願した。その際祈願成就の上は諸堂宇を改築することを立願した。後に嫡子・相満が誕生したが、志を果たさず没した。そのため、夫人により承暦3年(1079)に諸堂宇が完成した。そのことにより船尾山の総鎮守の宮として常将宮が奉祀された。(そのあたりが現在の小字名「神田」をなっている)
元禄年間(17世紀末)に山子田村をあげて現在地の小字柳沢に新社殿を造営し、元禄14年(1701)に完成し遷座した。享保17年正一位常将宮の宗源宣旨を受け、天保15年は拝殿を再建した。
