榛東村の苗字と家紋
榛東村の姓氏
古代の桃井郷であり、中世桃井荘、近世の桃井領、近代の桃井村、相馬村、そして桃井氏に支配され、外部から進入した氏族、土着の氏族等多様である。
姓氏と苗字は混用されてきている。姓とは「かばね」であり、古代に公(きみ)・臣(おみ)・連(むらじ)など世襲の職名であった。氏は家系を表す名で、苗字の下につける敬称であり、それが現在では姓氏と苗字が同一視されてきている。例えば、「新田小次郎源義貞」は、「源」が氏であり、「新田」は土地の名を苗字としたので、一般的には「新田義貞」と呼ぶ。その氏の多くは、「源平藤橘」がほとんどであり、その一族が多様な苗字を名乗るようになった。苗字の多くは、土地や職業などを苗字としたもので、例えば清和源氏である新田氏は新田の荘に土着したので「新田」、源義仲は「木曽義仲」と名乗り、清和源氏である足利義胤は桃井郷を領したので「桃井」を名乗り、桃井義胤を称した。あるいは先祖が伊豆の下田から移って来たので「下田」と名乗ったり、逆パターンもある。
長岡の三田(森田、岩田、田中)や八苗(千木良、善養寺、清水、深津、小林、須藤、山本、柴田)はそれぞれの自家のプライドを保持すると共に、地区農村秩序の維持に貢献してきた氏である。森田は長岡が本家である。岩田は多治比氏である。小山、狩野は藤原系統、近藤は秀郷流藤原系統である。神道集に出てくるのと同じ高野辺は桓武平氏、金井は三浦氏、田中は新田氏。山子田七姓(柳岡、森田、狩野、田子、湯浅、小山、富岡)であり、湯浅は桃井氏の子孫であり、森田は長岡が本家である。新井五苗(岩崎、小山、浅見、牧口、萩原)。
全苗字は407氏、地域的にまとまっている苗字が多い。榛東村の苗字の多い順であらわすと、
高橋75戸、清水67戸、岩田58戸、小山53戸、富沢52戸、小林55戸、金井44戸、狩野43戸、萩原35戸、小池33戸、岡部32戸、湯浅27戸、柳岡24戸、浅見24戸、久保田23戸、森田22戸、善養寺21戸、牧口20戸、笹沢20戸であり、他に、10台が20氏ある。1苗1戸は241氏あり、全苗字407氏の半数をはるかに超えている。これは明治時代以降に榛東村に移り住んだ人々とに自衛隊員の駐在が多分に影響している。
長岡
森田 岩田 田中 千木良 善養寺 清水 深津 小林 須藤 山本 柴田 高野辺
新井
浅見 小山 松岡 牧口 岡部 岩崎 萩原
| 姓氏 | 祖先 | 系列 |
|---|---|---|
| 森田 | 大伴金村・大伴森多 | 天忍日命 |
| 岩田 | 岩田加賀守義重 | 多治比氏 |
| 田中 | 新田義重の二男・里見義俊 | 清和源氏 |
| 高野辺 | 桓武平氏 | |
| 今井 | 桓武平氏 | |
| 柳岡 | 柳岡三記太夫 | |
| 湯浅 | 桃井義胤・桃井尚常 | 清和源氏 |
| 狩野 | 藤原鎌足の15世の後胤 | 藤原氏 |
| 田子 | 多治比真人 | 多治比氏 |
| 浅見 | 桃井義胤 | 清和源氏 |
| 小山 | 俵藤太秀郷 | 藤原氏 |
| 岡部 | 今川家臣 | |
| 岩崎 | 北条家臣 | |
| 萩原 | 武田家臣 |
桃井郷 桃井氏 桃井城跡(山子田城) 茅野遺跡 高塚古墳 デレーケの堰堤
大宮神社獅子舞 新井獅子舞 聖宮神社太々神楽 新井八幡宮太々神楽 常将神社太々神楽
御堀地蔵堂の板碑 広馬場明細帳 東光寺の厨子 ジラード事件 二ツ岳山論
東光寺 大宮神社 聖宮神社 常将神社 八幡宮
榛東村のみどころ |
榛東村ぶどう郷 |
八幡ホタルの郷 |