新井八幡宮(八幡神社)



所在 榛東村新井六七四番地(小字 八幡)

社殿
本 社 間口四尺二寸、奥行三尺八寸、
向 殿 間口五尺、奥行五尺
拝 殿 間口三間半、奥行二間、
渡 殿 間口九間五寸、奥行六尺


 境内北に八幡川、南に満々と水をたたえた八幡貯水池があり、参道の両側には杉並木うっそうと茂っていて神域に相応しいたたずまいである。
 嘉永2年に桃井遠江守義胤が相模国鎌倉八幡宮を勧請し、祭神 ホムダワケノミコト(応神天皇)を奉崇し、上野国桃井八幡神社として創建された。当時は、桃井荘の中心であり、荘司として桃井氏が勢力盛んであった。八幡宮は武神として崇拝を集めたのであろう。
桃井氏は、義胤の孫の桃井遠江守尚義が、新田義貞に従って延元3年(1338)に越前国(福井県)足羽の合戦で桃井氏一族が討死となり全滅した。
 八幡宮は応永34年(1427)に洪水の絶ため流失し、永世10年(1513)ようやく再建された。鎮守八幡社となり境内の丘陵間に、湧き出る水を社の手洗いに使用したことから「アライ」を尊び、村名を新井村とした。従って社名を「新井八幡宮」と称し、地区の守護神として崇敬されている。

 現在、「榛東村かるた」に「」桃井義胤ゆかりの八幡宮(もものいよしたねゆかりのはちまんぐう)と歌われています。


新井八幡宮太太神楽(村指定文化財)

出雲流神楽で、例年八幡宮祭礼に天下泰平、五穀豊穣、悪疫退散を祈念して、太太神楽が奉納されている。
 新井八幡宮の太々神楽は、明治時代初め、前橋市の総社神社の太々神楽を伝承したもので、出雲流の正統と言われている。

1、        大幣(たいへい)「奉幣の舞」
2、        神招き「翁の舞」
3、        伊弉諾命(いざなぎのみこと)、伊弉冉命
4、        猿田彦(さるたひこ)大神
5、        天の岩戸(あまのいわと)「四座」
6、        角子(かくこ)の舞
7、        両刀の舞
8、        みちょう
9、        片鉾(かたほこ)の舞
10、 保食(うけもち)の神
11、 稲荷田種子播(いなりたねまき)の舞
12、 八幡太郎
13、 金山彦の命
14、 大蛇(おろち)退治
15、 一本刀の舞

囃子方は大太鼓、小太鼓各一名と笛数名で行われ、舞方は十数名程度と世話人(舞方元老)によって演舞されている。


新井八幡宮 歴史年表

1226(嘉永2年) 桃井義胤が桃井八幡宮を建立。
1338(延元3年) 桃井尚義が新田義貞と共に藤島の戦いで戦死。桃井氏鎮守の桃井八幡宮も荒廃する。
1427(応永34年) 世上洪水、桃井八幡宮流失。
1513(永世10年) 桃井八幡宮再建。
1514(永世11年) 御手洗の池を築き、湧き出る水を社の手洗いに使用したことから「アライ」を尊び、
村名を新井村(新井)とした。従って社名を「新井八幡宮」と称す。
1598(慶長3年) 新井八幡宮、本地観音堂建立。
1902(明治35年) 本殿、拝殿、神楽殿、抜殿、四棟全焼
1908(明治41年) 本殿、向殿、拝殿、渡殿、新築

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