歌川芳鶴画(橋本周延)「足利尊氏兵庫合戦図」
足利尊氏公が新田義貞軍に追われ、福海寺(前身の観音堂)に避難される様子。これにより命拾いされた尊氏公は、報恩の為に福海寺を開かれました。(右上の楼門は福海寺)

この下の枠内に、足利尊氏公が
福海寺に避難される事が書かれています▼



▼下の枠内に、足利尊氏公が福海寺に避難される事が書かれています。

月岡芳年画「大日本名将鑑新田義貞」
福海寺は新田義貞本陣跡に創建されました。

宝永7年寄進 鰐口
福海寺の毘沙門堂に寄進されたものと思います。住職の愛犬のビーグルが昭和61年に境内より掘り出しました。

江戸時代の金貨・銀貨・藩札・絵銭
赤穂藩藩札などの銀札には大黒さんが刷られ、丁銀、豆板銀、絵銭には大黒さんが刻印、鋳造されています。また小判は大黒さんが乗っている米俵の形とも言われています。このような事からも、大黒さんが「貨幣や富の象徴」で有った事が分かります。
