「姿三四郎」書誌2 

1 その他の三四郎

   三四郎以降、富田は、柔道小説を、連作するようになる。
 昭和19年から「東京新聞」に、「柔」(不惜から明星の章)の連載を始めた。
 昭和20年3月、戦災で自宅を焼失。終戦直前の8月から「続柔」(琴から落花の章)の連載を再び「東京新聞」に始め、175回の連載をもって姿三四郎の続編として完結した。

























  同じ、昭和19年には、姿三四郎の指南役矢野正五郎を主人公とした小説である「明治武魂」の連載を「大阪新聞」に始める。
 この小説は、昭和20年11月10日に、増進堂から出版される際、「明治の風雪」と改題し、出版された。定価は20円。出版部数は1万部であった。

 テレビの影響もあって、こちらも人気を博した。「明治の風雪」の前章に当たる「柔」が「週刊読売」の連載小説として書かれた。
 矢野正五郎が、まだ矢野浩と名乗っていた頃の若き日の姿を描いたもので、「明治の風雪」の前段に当たっている。

 作者は、姿三四郎が登場する物語として、他に
    「春の憩い」「花と日輪(後に柔道水滸伝と改題)」「薔薇の講道館」「書生草紙」等
を書き、読者の要望に応えた。


















 



 




   富田常雄以外でも柔道草創期に対して関心を持つ小説家は多く、一部を紹介すると
  村松梢風「花の講道館」昭和28年 新潮社
  近藤竜太郎「柔道一代」昭和39年11月 芸文社
  秋永芳郎が「柔道四天王」昭和31年12月 東京文芸社
等を書いている。






 





2 実録 姿三四郎

 昭和34年10月25日、「姿三四郎の手帖」が、春歩堂より発行された。柔道創世記と副題がしてある。
 講道館の創設期のエピソーが書かれたノンフィクションもので、2年前少年向けに書かれ刊行された「柔道大試合物語」も再録されている。「姿三四郎の手帖」は、昭和40年、双葉社から再版されている。
 2年後には、「講道館 姿三四郎余話」と言うのも出版している。
 作者自身による解説では、姿三四郎のモデルについての質問に答える形で、
  この小説は明治15年から20年にかけての世相を背景にして、一人の青年の成長を描いたものである。
  主人公の姿三四郎は恵まれた武道の天才児ではあるが、当時の若い世代とともにおく脳し、希望し、叛逆し、自省しつつ成長して行った明治書生の一人である。
  それと共に、これは今日の隆盛を築き上げた柔道発端の物語である。凡そ実在した人々ではあるが、その歴史が余りに若いので変名を使い、実名を用いた人は少ない。又、資料を思うがままに駆使する才なきを自ら深く恥じるものではあるが、武を尊び、日本を愛した三四郎の真実は、また、私の心であることを知っていただければ、喜びこれに過ぐるものはない。
と書いている。
 姿三四郎のモデルが西郷四郎であったことは誰もが認めうるところである。
 こちらの方は西郷四郎の生涯を追い集大成した
  牧野登「史伝西郷四郎ー姿三四郎の実像ー」昭和58年
が参考になる。
 同人はこれ以前の昭和53年に「姿三四郎のモデル西郷四郎目で見るその生涯とふるさと津川」牧野出版を書いて下地にしている。
 昭和62年4月1日から同年11月20日の間、西郷四郎の生誕120周年を記念して福島県会津武家屋敷で開催をされた「西郷四郎の生涯展」にあわせて刊行された赤城源三郎・牧野登による「山嵐西郷四郎」
も写真豊富で読みやすい。
 平成10年から12年にかけて、今野敏が「小説すばる」に西郷四郎の小説「山嵐」を8回にわたって連載し、集英社から出版をしている。

3 解説書

 最初の解説が書かれたのは、戦後すぐに出版された岡本書房版である。
 最終巻9巻末尾に松澤光平が解説を書いている。
 この内容は面白い。姿三四郎の舞台となった明治期の時代背景と地域について考証をしている。
 一番の関心事であった姿三四郎のモデルについては、
    著者の文学的空想の人物
としながらも、講道館史を元に、
    姿三四郎は、講道館四天王を合わせてこねた中から闘志とも名付けられるべき質の粘土を選び、形を作り、これを小説家としての著者の息吹を与えた理想化された柔道家としての人間像なのである、
 と著者の後押しをする意見を述べている。三四郎人形が売られているとあるが、今でも土産物店に並んでいるのだろうか。
 この解説は、昭和26年1月、春歩堂から発行された「姿三四郎(全)」の解説として再録されている。

 昭和33年、東京文芸社富田常雄選集では、木津光史が4巻末尾に「姿三四郎的生い立ちの記」と題し、作者富田常雄の伝記を、5巻末尾では「姿三四郎からの招待」と題し、姿三四郎像を書いている。

「この青年柔道家は残念ながら、頭脳は特別に明晰と云うわけにはいかない。その代わり、精悍な面がまえをし、純情で、正義を愛し、金銭に恬淡で、心は優しく、すごく腕っぷしが強く、非常に婦女子にモテさわがれながら、これが無類とまではいかないが、仁王ぐらいの女嫌い。」
と、性別に関係なく、人からすかれる魅力的な人物像に仕上げたと書いている。
 モデル西郷四郎について面白いエピソードを載せている。

 解説の白眉は、昭和43年4月25日に出版された
    カラー国民の文学14 富田常雄 姿三四郎(全)
末尾の尾崎秀樹によるものであろう。
 尾崎は、講道館史から起こし、作者富田常雄が、何故この小説を書くようになったのか、との自問に対し、講道館四天王の一人であった父富田常次郎との関係を指摘し
    それは作者自身の血につながる感慨が作品の基底にあるからだ
と述べている。
 同本には月報があって、挿絵画家の岩田専太郎が「三四郎の思い出」というエッセイを寄せている。
(写真は、河出書房が刊行した大衆文学代表作全集の1冊「富田常雄集姿三四郎(全)の表紙で、装幀は恩地考四郎、絵は田代光によるものである)