アニミズム 人身御供

 神奈川県川崎駅周辺は、20世紀の終わりから21世紀の初めにかけて、再開発によって大きく変貌した。特に西口は、東芝工場の移転した跡地に、昨年秋「ラゾーナ」という名前の巨大ショッピングモールが誕生した。
 その堀川町の一角に、取り残されたように「女躰神社」がある。そのまま「にょたい」と読む。この変わった名前に聞き覚えがないわけではなく、埼玉県大宮の氷川神社と関係があるのかと思ったのだが、多摩川を境界として氷川信仰圏の浸透が極端に少なくなっている現状を考慮しなければならない。
 大宮の氷川神社を訪れると、旧態の信仰を示すように、氷川両社参道という道標が建っている。氷川神社の祭神はスサノウノミコトであるが、同社内にはこの男神の妻であるクシナダヒメを祭神とした女體(躰の字ではない)神社が祀られていた。
 川崎の女躰神社は、地元では「おおめさま」と呼ばれている。漢字で書くと「大女様」である。この女性は、水神を鎮めるため自ら人身御供となった女性の名前である。人身御供、ひとみごくうと読む。この言葉はすでに日常語から消え、今では読み方さえ難しくなっているが、戦争などの人災や自然災害等が起きるたびに囁かれたものである。
 立ちはだかる猛威に対して、供物として人間特に女性を捧げるという発想は、単純にしてもっとも切実なものであった。
 当地は東海道川崎宿のはずれにあり、多摩川の氾濫によって、たびたび洪水に悩まされてきた土地である。この荒ぶる水神を沈めるために、村人の中から一人の女性が人身御供となって水中に身を投じ、以来水害は収まったので一社を建て供養したのが当社であるという。だが、この社の祭神は、イザナミ、イザナギ、アマテラスオオミカミの三神である
 それでも地元では女性の願掛けを叶えてくれる神として大変に人気があった。その後、和合の神として性格を変え、その男神は川崎大師参道の馬頭観音である等と語り伝えられるようになる。女躰神社は、近くでは川崎市戸手本町にもある。
荒ぶる神に人の命を捧げた話は、すでに「古事記」などにも登場する。ヤマトタケルが海を渡ろうとしたとき、海神が怒り、その怒りを鎮めようとして同行していたオトタチバナヒメが人身御供となって自らの命を海中に投じている。海神の妻になったのである。
人身御供とは、神に対する生きた人間を捧げ神の妻になることで、とくに処女の女性が選ばれた。
 白羽の矢というのは、生け贄として望まれる家には白い羽の矢が刺さったことに由来するが、神の意志であるから、人知ではいかんともしがたいものであった。
神がそのようなことを望むわけがないという発想は、やがて供物に形を変えたが、一部髪の毛を捧げるという発想はその名残である。
 人身御供の伝承は形を変え、様々な場所に昔話として残されている。
 例えば、静岡県見附の残されている早太郎の伝説である。見付神社では、秋になると白羽の矢が立ち、娘を人身御供として差し出さなくてはならなかった。その当夜旅の僧が隠れてみていると、出てきたのは年老いたヒヒで、「早太郎には知らせるな」という謎の言葉を残して娘と共に闇の中に消える。僧は、早太郎を捜して秋葉街道を上り、信州に出たとき、早太郎が駒ヶ根の光前寺という山寺に飼われている犬の名であることを知る。早太郎は、山犬との混血犬であり、俊敏な犬であった。僧は事情を話し、早太郎を伴って、見付神社を目指す。祭りの当夜、娘が入るべき籠に隠れていた早太郎は、魔物と対決して倒す。しかし早太郎自身も傷つき、光前寺にたどり着いてのち絶命する。
 この話は「猿神退治」の話を変形させたものであり、同様の話は全国に散在している。 
 2007・1・21


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